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偉いドクターとヒラ事務員の日常4
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庶務課の業務は人事、経営、企画だ。患者に関わることはない。
しかし、絹井先生から頼まれた、と言うと犬飼さんの件はあっさり了承が取れた。
さらには上司のほうから「お前一人じゃ患者の個人情報の扱いが心配だから、桐生と一緒がいいんじゃないか」と言ってきてくれたので、桐生さんも途中で放棄せずに済んで安心したに違いない。
前半部分の「心配だから」の部分は聞かなかったことにする。
「良かったなぁ。絹井先生様様じゃね?」
席についてからそう声をかけると、桐生さんは静かに頷いた。
「少々、気になることもありますが……」
「細かいこと気にする前に犬飼さんのうちに電話しとこうぜ。いきなり荷物が届いてもびっくりするだろうし。あ、ほかの患者さんのこと、気遣ってくれてありがとうってお礼状とか書いた方がいいよな。桐生さん、それ書く?」
いいアイデアじゃないかと自画自賛しながら、電話をかけるつもりで受話器に手を伸ばした。
が、電話機の上にクロネコが座っている。
おい、クロネコ。
お前さっきから、ずうずうしくないか?
やっぱりササミ肉、買うのやめようかな。
「友利さん、待ってください」
私がクロネコとにらみ合っていると、横からプリントを覗き込んでいた桐生さんが声をかけてきた。
「なに?」
「ここ、よく見てください」
桐生さんが症状について書かれている項目を指さした。
私たちは事務方の人間だ。患者に関わるわけではない。だからあえて見ないようにしていたのだが、桐生さんはそこをしっかり読んでいたらしい。
読まない方がいいのではないかと思ったが、クロネコまでそのプリントの上を猫ふみふみしている。
クッションじゃないんだぞ、そんなところふみふみしてもまるで気持ちよくないだろうと思いながらプリントを手に持つ。
退院の日付を具体的に桐生さんが指さし、犬飼の退院が3週間ほど前という事が分かった。
「3週間前か。じゃあ、うちのシュレッダー待ちのボックスをあさっても出てこないよな」
「事務のパートさんの休み以前ですから、とっくに資源ごみです。問題は、ここの項目……」
ご丁寧に、クロネコまで前足を当てて教えてくれている。
お前さ、ちょっと頭よすぎじゃねえか、クロネコ。やっぱり、ササミ肉が欲しいんだろ。仕方がない奴め。
ちらりと見ると、クリクリの目でお座りしていた。こいつ、私の心を読み取っているのか?
まあ、いい。クロネコ、お前とは後で話し合おう。
「んーっと……えっ。マジか。『退院後の連絡は必ず担当相談員を通すこと』?」
わたしは考えながらその先を読んだ。
どうやら犬飼さんは自宅療養になっているようで、当院での治療は終了とされていた。あとは往診を中心に行っている近くの在宅クリニックと看護ステーションが担当しているらしい。
近くの、と言っても、埼玉には在宅医療を実現できる医療機関が少ないから東京都内に頼らざるを得ない。担当も都内のクリニックだった。
これでは何かあった時の対応が遅れる。
私はコッソリとため息をついた。
自宅での療養を望む割合は年々増加傾向で、約7割に達している。介護が必要な重い症状の場合でも希望する割合は半数にちかい。
犬飼さんもその一人だったのかもしれない。
だが、それを実現するための医療が不足している。
なにしろ埼玉県の人口に対する医師の割合は、全国平均の約三分の二だ。うちは大病院だが在宅医療はやっていないので、犬飼さんは仕方なく県境を越えた医療機関を頼ることにしたのだろう。
「担当の相談員は若王子さんさんか。頼りたくないんだよなあ……」
「それには同感です。相談員は全員働きすぎですし、なかでも若王子さんは群を抜いて残業が多いですから」
「だよなあ……若王子さん、働きすぎで倒れないか、マジで心配なんだけど」
「しかし『必ず』と書かれている以上、それを無視してわたしたちが犬飼さんに連絡を取ることはできません」
これに関しては、いい加減な性格の私でも頷かざるを得ない。
まいった。
「ま、しかたねえか。絹井先生から頼まれたっていう印籠もあるし。おっしゃ、行くか、カクさん!」
「わたしの名前は桐生千颯ですが」
いや、そこは「おう! スケさん!」と言って欲しかったよ、桐生さん。
※修正
相談員苗字2018.11.13
しかし、絹井先生から頼まれた、と言うと犬飼さんの件はあっさり了承が取れた。
さらには上司のほうから「お前一人じゃ患者の個人情報の扱いが心配だから、桐生と一緒がいいんじゃないか」と言ってきてくれたので、桐生さんも途中で放棄せずに済んで安心したに違いない。
前半部分の「心配だから」の部分は聞かなかったことにする。
「良かったなぁ。絹井先生様様じゃね?」
席についてからそう声をかけると、桐生さんは静かに頷いた。
「少々、気になることもありますが……」
「細かいこと気にする前に犬飼さんのうちに電話しとこうぜ。いきなり荷物が届いてもびっくりするだろうし。あ、ほかの患者さんのこと、気遣ってくれてありがとうってお礼状とか書いた方がいいよな。桐生さん、それ書く?」
いいアイデアじゃないかと自画自賛しながら、電話をかけるつもりで受話器に手を伸ばした。
が、電話機の上にクロネコが座っている。
おい、クロネコ。
お前さっきから、ずうずうしくないか?
やっぱりササミ肉、買うのやめようかな。
「友利さん、待ってください」
私がクロネコとにらみ合っていると、横からプリントを覗き込んでいた桐生さんが声をかけてきた。
「なに?」
「ここ、よく見てください」
桐生さんが症状について書かれている項目を指さした。
私たちは事務方の人間だ。患者に関わるわけではない。だからあえて見ないようにしていたのだが、桐生さんはそこをしっかり読んでいたらしい。
読まない方がいいのではないかと思ったが、クロネコまでそのプリントの上を猫ふみふみしている。
クッションじゃないんだぞ、そんなところふみふみしてもまるで気持ちよくないだろうと思いながらプリントを手に持つ。
退院の日付を具体的に桐生さんが指さし、犬飼の退院が3週間ほど前という事が分かった。
「3週間前か。じゃあ、うちのシュレッダー待ちのボックスをあさっても出てこないよな」
「事務のパートさんの休み以前ですから、とっくに資源ごみです。問題は、ここの項目……」
ご丁寧に、クロネコまで前足を当てて教えてくれている。
お前さ、ちょっと頭よすぎじゃねえか、クロネコ。やっぱり、ササミ肉が欲しいんだろ。仕方がない奴め。
ちらりと見ると、クリクリの目でお座りしていた。こいつ、私の心を読み取っているのか?
まあ、いい。クロネコ、お前とは後で話し合おう。
「んーっと……えっ。マジか。『退院後の連絡は必ず担当相談員を通すこと』?」
わたしは考えながらその先を読んだ。
どうやら犬飼さんは自宅療養になっているようで、当院での治療は終了とされていた。あとは往診を中心に行っている近くの在宅クリニックと看護ステーションが担当しているらしい。
近くの、と言っても、埼玉には在宅医療を実現できる医療機関が少ないから東京都内に頼らざるを得ない。担当も都内のクリニックだった。
これでは何かあった時の対応が遅れる。
私はコッソリとため息をついた。
自宅での療養を望む割合は年々増加傾向で、約7割に達している。介護が必要な重い症状の場合でも希望する割合は半数にちかい。
犬飼さんもその一人だったのかもしれない。
だが、それを実現するための医療が不足している。
なにしろ埼玉県の人口に対する医師の割合は、全国平均の約三分の二だ。うちは大病院だが在宅医療はやっていないので、犬飼さんは仕方なく県境を越えた医療機関を頼ることにしたのだろう。
「担当の相談員は若王子さんさんか。頼りたくないんだよなあ……」
「それには同感です。相談員は全員働きすぎですし、なかでも若王子さんは群を抜いて残業が多いですから」
「だよなあ……若王子さん、働きすぎで倒れないか、マジで心配なんだけど」
「しかし『必ず』と書かれている以上、それを無視してわたしたちが犬飼さんに連絡を取ることはできません」
これに関しては、いい加減な性格の私でも頷かざるを得ない。
まいった。
「ま、しかたねえか。絹井先生から頼まれたっていう印籠もあるし。おっしゃ、行くか、カクさん!」
「わたしの名前は桐生千颯ですが」
いや、そこは「おう! スケさん!」と言って欲しかったよ、桐生さん。
※修正
相談員苗字2018.11.13
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