幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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相談室の慌ただしい日常4

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「あの……」

 カウンターの上にいるクロネコが、私をじっと見ている。
 金色の目がくるりと光り、ひどく静かだ。

「犬飼さん、退院して3日後に亡くなったの」

 相談室のざわめきが、一瞬消えたように感じた。
 若王子さんの呟きが、ひどく大きく感じる。
――死んだ?
 退院したのではなかったのか。
 桐生さんの横顔を見る。
 全く表情が変わらない。
 そうだ、桐生さんは驚いていても、そうでなくても同じ顔だ。
 よく見れば感情の変化も感じ取ることができるが、今は無理だった。
 動揺している。
 私は、言葉をなくしていた。

「ICUって、危篤状態の方が多いから、そこで亡くなる方、多いんだけど……犬飼さん、退院1週間前、そこにいたのね。それで隣に寝てる人が亡くなるの見て……病院で死にたくないって思ったんだって」
「自宅で終末期を過ごしたいという方は年々増加傾向にあります。犬飼さんがそう思われても不思議ではありません」
「桐生さんらしい意見だけど、犬飼さんの場合はちょっと想像と違うかも」

 そう言ってから、若王子さんは緩やかに首を降った。

「やっぱり、よくある話なのかな。犬飼さん、言ってたのね。命が消えようとしているのに、誰も本人の顔を見てなかったんだって。医者も看護師も家族たちも、みんな心電図見てたのね……」

 ふと、私は思い出していた。
 ピッピッピッ……と静かに響く心音を示す音。
 モニターの中で上下に揺れる線の動き。
 それが無くなったときが終わりの時だと思った。
 耳を澄ましてその音を聞いた。
 目を凝らして画面を見ていた。

「犬飼さんは、心配でずっとその人を見ていたみたいなのね。そうしたらね。ベッドに横たわっていた患者さんと目があったんだって……」

 私は、どうだっただろうか。
 音を、モニターを、そればかりを見てはいなかったか。
 最後の言葉を、表情を見ていただろうか。

「犬飼さんはとても優しい人でね。あたしたち職員のことをいつも気遣ってくれたのね。一度もわがままを言ったことはなかったよ。だけど、最後だからわがままを二つ言わせてってお願いされてさ……それが、死ぬときには家族と顔を合わせていたい、あと、自分が死んでも病院のみんなにそれを秘密にしていて欲しいって」

 見ていなかった、聞いていなかったとは言わない。
 だが、私は相手が望むことをかなえていただろうか。
 どうにもならない過去が、私の内臓をきつく締め付けた。
 ひどく、苦しい。

「それで……退院した、のですか?」

 桐生さんの声が、遠く聞こえるような気がする。
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