幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

文字の大きさ
38 / 72

怪我人たちの静かならざる日常5

しおりを挟む

 子供が柵を越えて中庭に入り込んできた。
 4歳か5歳くらいの男の子だ。
 男の子は、私たちが見ている目の前で、窓の外側のサッシに何かをおいている。
 桐生さんが立ち上がった。

「そこは立ち入り禁止です」

 いやいやいやいや、桐生さん、今それ言ったら逃げちゃうだろ。
 案の定、男の子はビクッと身をすくめた後で身を翻した。ガラス越しとはいえ声は聞こえる。

「止まってください」

 無理だって。止まるわけねえだろ。
 男の子は一目散に走っていく。

「どうするよ」
「追います」
「マジで?」

 私たちは怪我人なので、朝のランニングは禁止されている。
 走るつもりか、桐生さん。

「学生の頃は3000メートルの選手でした。障害物走も得意です」

 そういうことじゃねえよ。

「自分の肩はどうなんだっつー話だろうがっ!」

 だが桐生さんに私の言葉は届いていなかったらしい。素早い動きでカフェを出てしまった。もちろん、先日接触事故が起きかけた出入り口付近では一時停止を忘れない。
 そういうところは立派だけど、マジで待って。
 お店的に食いかけのパスタはどうすんだよ。

「ああクソっ」

 私も後に続く。
 実は結構年上なことが判明した美人のバリスタさんに「すみません、戻ってくるんでとっといてください!」と声だけかけて、正面玄関を出るなり駆け出した。
 ああ、すげえ迷惑な客だ。
 これじゃあ、次にホットドック頼んだ時はソースが控えめなんじゃないか?
 常連なんだから少しでもいい客でいたいという、私の見栄を分かって欲しい。
 桐生さんはぐんぐんスピードを上げていく。
 病院の広大な駐車場の外側を子供が走っていくのを見て、桐生さんは職員用の駐車場に駆け込んだ。止まっている車の間を突っ切っていく。
 職員用だから開院時間中は出入りがないのをいい事に、桐生さんはスピードを緩めない。
 というか、肩!
 本当に大丈夫なのか。
 私も走るのは早い方だと思っていたが、とても桐生さんには追いつけない。
 革靴でどうやってそんなに早く走れるんだよ。

「ああくそっ……、マジ……はえぇ、なっ!」

 桐生さんに追いつこうと思ったら最短ルートを選ばないと無理だ。
 入院患者用駐車エリアとの仕切りにしだれサクラの並木ーー今の季節でよかった。葉もほとんど落ちているじゃないか。
 追いついてやる。
 デスクワークはまるっきりかなわないが、こういうところでも役立たずじゃ癪に触るからな。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

処理中です...