幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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元患者と病院スタッフの日常3

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「たんいん?」

 どうも、子供には『退院』と言う発音が難しいらしい。先日ほかの子供も似たように独自の発音でよんでいた。

「おうちに帰れたんだ。みんながカエルを折ってくれたから」
「よかった!!」
「だから、もう持ってこなくても大丈夫だよ」
「でも、これはどうするの?」

 私が持っているカエルの折り紙が気になるらしい。
 確かに、これまで作ったもののことは気になって当然だ。

「うん、これは届けておくよ。他にもいろんな人が作ってくれていたからね」
「オレも! オレもいく! おばあちゃんにあう!!」

 お、子供がいっちょまえに「オレ」って言うのか。
 若干、発音が慣れていない感じがするのは、この子なりに背伸びをしているせいかもしれない。面白いなあ。
 微笑ましく思いながらも、言うべきことは言わないといけない。
 私はこの病院の職員として、この子に伝えないといけないことがある。
 やれやれ、これはなかなか難しい仕事だ。
 この子が元気に健やかに日々を過ごす為にーー誰かの幸せを願う気持ちが損なわれることなく、それをして良かったと思えるように、伝えないといけないんだからな。

「残念だけどそれは無理だなあ」
「なんで!」
「おばあちゃんがいるところ、遠いんだよ」
「うち、ちかくっていってた」

 ははは、そんな話をしてたのかよ、犬飼さん。
 このカフェで、自分の死を近くに感じながら、子供たちに折り紙を教えている犬飼さんの姿を想像した。
 会ってみたかったな。

「老人ホームって知ってる? おじいちゃんやおばあちゃん専用のうち」
「しってるよ」
「病院を卒業した人専用のホームっていうのがあるんだけど。犬飼さんはそこに行ったんだ」
「オレも卒業したよ」
「残念。ゆーと君はまだ病院と縁が切れないな。風邪ひいたりもするだろ?」
「かぜなんかひかない!」
「それはいいな。だけど、ゆーと君のお母さんは病院に来てるよな」
「うん」
「ゆーと君はお母さんを助けてあげてほしい」

 きょとん、とする子供に私は笑いかける。
 私は家族を守りたかった。私は男だから、妻と子を、幸せにしたかった。それは私が思う「男とはそう言うものだ」という思い込みや偏見によるものだと分かっている。
 こんな男らしさを語るのは、きっと時代錯誤だ。
 桐生さんが聞いたら怒りそうな気がするが、私は人によってはそういう男らしさを心に持っていることは大事だと思う。
 いや、違うな。
 カッコつけだ。
 誰だって、カッコよくありたい。
 ヒーローに憧れるのは、悪いことじゃないさ。
 私はカエルの中に描かれた、わんわんヒーローを思い描きながら語りかけた。

「おかあさん?」
「そうだよ。そのためには、傍にいてあげないとだろう? きっと助けが必要なこともたくさんあるんじゃないかな」
「いつも、なにもしなくていいからおとなしくしてなさいって、ゆーよ?」
「おとなしくただ座っているのはなかなか疲れるなあ」
「うん。つかれる」

 分かってもらえたのが嬉しいのか、ゆーと君は表情を明るくした。
 怒られるわけではないと分かればそういう顔をするのか。なかなか現金だ。

「ゆーと君、入院してたから分かると思うけど、朝、病室に先生が診察に来たりするよね。あと、検査とか」
「うん」
「不安な気持ちにならなかったかな?」
「なった」
「きっとさ、お母さんもおんなじ気持ちだよ。だから、傍にいてあげてくれないかな」
「おかあさん、へいきだよ。おとなだもん」
「大人はさ、見栄っ張りなんだ。怖くても怖いって言えなかったり、不安でも側にいてって言えなかったり」
「うそだぁ」
「本当だよ。ゆーと君がいてくれると思うから、我慢したり頑張ったりできてるんだよ。だから、傍にいてあげてくれないか」
「お母さん、大人なのに?」
「そうだよ。俺は、大切な人を守る気持ちに大人も子供もないと思う。それってカッコよくないか?」
「うん」

 よしよし、良い子だ、と思った時だ。
 ぐらっと足元が揺れた。
 
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