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元患者と病院スタッフの日常4
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カウンターの上にあるオレンジ色の小さなランプが左右に揺れる。
地震だ、と警戒した次の瞬間には揺れは収まっていた。
クロネコがゆーと君に寄り添い、しっぽをピンと立ててこちらを見ている。
大丈夫そうだ。
震度3くらいだったろうか。
店内を見渡して、怪我をした人はいない様子で安堵する。
すぐに放送が入った。
――ただ今、地震がありました。気分が悪くなった方、お怪我をされた方はお近くのスタッフにお声掛けください
この放送は、東日本大震災以来、地震が起きた際は電話交換室スタッフがすることになっている。
電話の受付窓口は、重要な連絡のやり取りや緊急時の放送を担うため、役員の部屋の近くにあることが多い。県庁もそうだが、この病院でも同じだ。
それにしても、先日の相談室の時と言い、この頃地震が続いている。
「友利さん」
呼びかけてくる声に振り向くと、トレーの上に温めなおしたらしいパスタを乗せた桐生さんが立っていた。
「地震がありましたね」
「だなー。あ、そっちは大丈夫だった?」
この場合の『そっち』は、トレーの上のものをさしている。あの程度の揺れなら桐生さんは心配ない。
「多少は揺れましたが、問題ありません」
そう言いながら、桐生さんはゆーと君の前にカップを置いた。
ゆーと君は再び緊張したようだったが、置かれたカップの中身を見て「わあっ……」と声を上げる。
私ものぞき込んで驚いた。
「すげえな。わんわんヒーローじゃん。どうしたんだよこれ」
ラテアートでわんわんヒーローが再現されていた。
「チョコラテです。アレルギーはないと親御さんから確認が取れました。チョコラテも許可を得ています」
「うん、それは分かってるんだけど、ラテアートすげえなって。こんなことで来たんだ、この店」
「会計時に相談しましたところ、作れるとのことでしたので」
「へえ……なあなあ、桐生さん、俺の分は?」
「焼き菓子と言われましたので」
と、私の前に置かれるクッキー。
これはこれで美味いのだが、今まさにラテアートの話をしていたところではないか。
「あと、店長の好意で、コーヒーを淹れなおしてくれました。お見舞いだそうです」
おお! それは嬉しい。
これはもしや、と心弾ませてカップの中を覗き込む。
そこにはすべての色を飲み込むような、大人の黒い飲み物が波打っていた。
「本日のコーヒーはグアテマラだそうです」
うん。だからさ。これもおいしいのは知ってるんだけどさ。
と、ひねくれた気持ちで桐生さんのカップを除くと、そこにはハート型のラテアートがあった。
「雰囲気イケメンって、マジでずるいと思うわけよ」
「……コーヒーの説明に対する返答として、その発言は不適切かと思われますが」
「いーや、ぜんぜん。ゆーと君もラテアート作ってもらってるしさ。俺だけなしって、なんか、ひどくね? いい男はトクだな」
口をとがらせると、ゆーと君は笑いながら「おにーさんも、かっこよかったよ」とフォローしてくれる。良い子だ。
「ほんとだよ。でも、そっちのおにーさんのほうがすごかった」
カップを両手で持ったゆーと君は、目をキラキラさせて桐生さんを見ている。
どういうことだ。
怖がってたのではなかったのか。
地震だ、と警戒した次の瞬間には揺れは収まっていた。
クロネコがゆーと君に寄り添い、しっぽをピンと立ててこちらを見ている。
大丈夫そうだ。
震度3くらいだったろうか。
店内を見渡して、怪我をした人はいない様子で安堵する。
すぐに放送が入った。
――ただ今、地震がありました。気分が悪くなった方、お怪我をされた方はお近くのスタッフにお声掛けください
この放送は、東日本大震災以来、地震が起きた際は電話交換室スタッフがすることになっている。
電話の受付窓口は、重要な連絡のやり取りや緊急時の放送を担うため、役員の部屋の近くにあることが多い。県庁もそうだが、この病院でも同じだ。
それにしても、先日の相談室の時と言い、この頃地震が続いている。
「友利さん」
呼びかけてくる声に振り向くと、トレーの上に温めなおしたらしいパスタを乗せた桐生さんが立っていた。
「地震がありましたね」
「だなー。あ、そっちは大丈夫だった?」
この場合の『そっち』は、トレーの上のものをさしている。あの程度の揺れなら桐生さんは心配ない。
「多少は揺れましたが、問題ありません」
そう言いながら、桐生さんはゆーと君の前にカップを置いた。
ゆーと君は再び緊張したようだったが、置かれたカップの中身を見て「わあっ……」と声を上げる。
私ものぞき込んで驚いた。
「すげえな。わんわんヒーローじゃん。どうしたんだよこれ」
ラテアートでわんわんヒーローが再現されていた。
「チョコラテです。アレルギーはないと親御さんから確認が取れました。チョコラテも許可を得ています」
「うん、それは分かってるんだけど、ラテアートすげえなって。こんなことで来たんだ、この店」
「会計時に相談しましたところ、作れるとのことでしたので」
「へえ……なあなあ、桐生さん、俺の分は?」
「焼き菓子と言われましたので」
と、私の前に置かれるクッキー。
これはこれで美味いのだが、今まさにラテアートの話をしていたところではないか。
「あと、店長の好意で、コーヒーを淹れなおしてくれました。お見舞いだそうです」
おお! それは嬉しい。
これはもしや、と心弾ませてカップの中を覗き込む。
そこにはすべての色を飲み込むような、大人の黒い飲み物が波打っていた。
「本日のコーヒーはグアテマラだそうです」
うん。だからさ。これもおいしいのは知ってるんだけどさ。
と、ひねくれた気持ちで桐生さんのカップを除くと、そこにはハート型のラテアートがあった。
「雰囲気イケメンって、マジでずるいと思うわけよ」
「……コーヒーの説明に対する返答として、その発言は不適切かと思われますが」
「いーや、ぜんぜん。ゆーと君もラテアート作ってもらってるしさ。俺だけなしって、なんか、ひどくね? いい男はトクだな」
口をとがらせると、ゆーと君は笑いながら「おにーさんも、かっこよかったよ」とフォローしてくれる。良い子だ。
「ほんとだよ。でも、そっちのおにーさんのほうがすごかった」
カップを両手で持ったゆーと君は、目をキラキラさせて桐生さんを見ている。
どういうことだ。
怖がってたのではなかったのか。
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