43 / 72
元患者と病院スタッフの日常4
しおりを挟む
カウンターの上にあるオレンジ色の小さなランプが左右に揺れる。
地震だ、と警戒した次の瞬間には揺れは収まっていた。
クロネコがゆーと君に寄り添い、しっぽをピンと立ててこちらを見ている。
大丈夫そうだ。
震度3くらいだったろうか。
店内を見渡して、怪我をした人はいない様子で安堵する。
すぐに放送が入った。
――ただ今、地震がありました。気分が悪くなった方、お怪我をされた方はお近くのスタッフにお声掛けください
この放送は、東日本大震災以来、地震が起きた際は電話交換室スタッフがすることになっている。
電話の受付窓口は、重要な連絡のやり取りや緊急時の放送を担うため、役員の部屋の近くにあることが多い。県庁もそうだが、この病院でも同じだ。
それにしても、先日の相談室の時と言い、この頃地震が続いている。
「友利さん」
呼びかけてくる声に振り向くと、トレーの上に温めなおしたらしいパスタを乗せた桐生さんが立っていた。
「地震がありましたね」
「だなー。あ、そっちは大丈夫だった?」
この場合の『そっち』は、トレーの上のものをさしている。あの程度の揺れなら桐生さんは心配ない。
「多少は揺れましたが、問題ありません」
そう言いながら、桐生さんはゆーと君の前にカップを置いた。
ゆーと君は再び緊張したようだったが、置かれたカップの中身を見て「わあっ……」と声を上げる。
私ものぞき込んで驚いた。
「すげえな。わんわんヒーローじゃん。どうしたんだよこれ」
ラテアートでわんわんヒーローが再現されていた。
「チョコラテです。アレルギーはないと親御さんから確認が取れました。チョコラテも許可を得ています」
「うん、それは分かってるんだけど、ラテアートすげえなって。こんなことで来たんだ、この店」
「会計時に相談しましたところ、作れるとのことでしたので」
「へえ……なあなあ、桐生さん、俺の分は?」
「焼き菓子と言われましたので」
と、私の前に置かれるクッキー。
これはこれで美味いのだが、今まさにラテアートの話をしていたところではないか。
「あと、店長の好意で、コーヒーを淹れなおしてくれました。お見舞いだそうです」
おお! それは嬉しい。
これはもしや、と心弾ませてカップの中を覗き込む。
そこにはすべての色を飲み込むような、大人の黒い飲み物が波打っていた。
「本日のコーヒーはグアテマラだそうです」
うん。だからさ。これもおいしいのは知ってるんだけどさ。
と、ひねくれた気持ちで桐生さんのカップを除くと、そこにはハート型のラテアートがあった。
「雰囲気イケメンって、マジでずるいと思うわけよ」
「……コーヒーの説明に対する返答として、その発言は不適切かと思われますが」
「いーや、ぜんぜん。ゆーと君もラテアート作ってもらってるしさ。俺だけなしって、なんか、ひどくね? いい男はトクだな」
口をとがらせると、ゆーと君は笑いながら「おにーさんも、かっこよかったよ」とフォローしてくれる。良い子だ。
「ほんとだよ。でも、そっちのおにーさんのほうがすごかった」
カップを両手で持ったゆーと君は、目をキラキラさせて桐生さんを見ている。
どういうことだ。
怖がってたのではなかったのか。
地震だ、と警戒した次の瞬間には揺れは収まっていた。
クロネコがゆーと君に寄り添い、しっぽをピンと立ててこちらを見ている。
大丈夫そうだ。
震度3くらいだったろうか。
店内を見渡して、怪我をした人はいない様子で安堵する。
すぐに放送が入った。
――ただ今、地震がありました。気分が悪くなった方、お怪我をされた方はお近くのスタッフにお声掛けください
この放送は、東日本大震災以来、地震が起きた際は電話交換室スタッフがすることになっている。
電話の受付窓口は、重要な連絡のやり取りや緊急時の放送を担うため、役員の部屋の近くにあることが多い。県庁もそうだが、この病院でも同じだ。
それにしても、先日の相談室の時と言い、この頃地震が続いている。
「友利さん」
呼びかけてくる声に振り向くと、トレーの上に温めなおしたらしいパスタを乗せた桐生さんが立っていた。
「地震がありましたね」
「だなー。あ、そっちは大丈夫だった?」
この場合の『そっち』は、トレーの上のものをさしている。あの程度の揺れなら桐生さんは心配ない。
「多少は揺れましたが、問題ありません」
そう言いながら、桐生さんはゆーと君の前にカップを置いた。
ゆーと君は再び緊張したようだったが、置かれたカップの中身を見て「わあっ……」と声を上げる。
私ものぞき込んで驚いた。
「すげえな。わんわんヒーローじゃん。どうしたんだよこれ」
ラテアートでわんわんヒーローが再現されていた。
「チョコラテです。アレルギーはないと親御さんから確認が取れました。チョコラテも許可を得ています」
「うん、それは分かってるんだけど、ラテアートすげえなって。こんなことで来たんだ、この店」
「会計時に相談しましたところ、作れるとのことでしたので」
「へえ……なあなあ、桐生さん、俺の分は?」
「焼き菓子と言われましたので」
と、私の前に置かれるクッキー。
これはこれで美味いのだが、今まさにラテアートの話をしていたところではないか。
「あと、店長の好意で、コーヒーを淹れなおしてくれました。お見舞いだそうです」
おお! それは嬉しい。
これはもしや、と心弾ませてカップの中を覗き込む。
そこにはすべての色を飲み込むような、大人の黒い飲み物が波打っていた。
「本日のコーヒーはグアテマラだそうです」
うん。だからさ。これもおいしいのは知ってるんだけどさ。
と、ひねくれた気持ちで桐生さんのカップを除くと、そこにはハート型のラテアートがあった。
「雰囲気イケメンって、マジでずるいと思うわけよ」
「……コーヒーの説明に対する返答として、その発言は不適切かと思われますが」
「いーや、ぜんぜん。ゆーと君もラテアート作ってもらってるしさ。俺だけなしって、なんか、ひどくね? いい男はトクだな」
口をとがらせると、ゆーと君は笑いながら「おにーさんも、かっこよかったよ」とフォローしてくれる。良い子だ。
「ほんとだよ。でも、そっちのおにーさんのほうがすごかった」
カップを両手で持ったゆーと君は、目をキラキラさせて桐生さんを見ている。
どういうことだ。
怖がってたのではなかったのか。
0
あなたにおすすめの小説
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
橘若頭と怖がり姫
真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。
その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。
高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜
桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。
上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。
「私も……私も交配したい」
太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる