幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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救急外来の日常1

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 カフェでの食事を終えた私たちは、のんびりと庶務課に向かうことにした。
 午後からゆっくり出勤するようにと言われているので、焦らなくてもいい。今は療養に努めるようにとのお達しだ。ありがたい。
 幽霊の噂がある北階段は私ひとりで向かおうとすると何故か中央階段にいるという不思議な場所だが、桐生さんと一緒だとスムーズに向かうことができる。
 結城事務局長の肖像画も含めたいくつかの絵が展示されている壁伝いに進み、階段入り口のドアの前までたどり着いた時だった。

「あれ」

 クロネコがドアの前に座っている。
 じっとこちらを見上げてくるクロネコは何か言いたげだが全く分からない。

「桐生さん」

 桐生さんにはこの猫が結城事務局長の幽霊に見えているらしい。ならば、私以上に何か思うところがあるかもしれない。
 桐生さんの方を見ると、目線はまっすぐ前を向いている。猫に向けた高さではない。
 やや眉を寄せたのち、後ろを振り返った。

「友利さん。何か……気付きますか?」

 背後にあるのは人工大理石のタイルが埋め込まれている壁だ。
 そこに異変はない。
 クロネコがするりと私の足元を通り、階段入り口を隠すように出っ張っている壁の角まで来ると再び座った。

「えっと……なんだ?」

 クロネコが何かを掘るようなしぐさでその壁に前足でひっかいている。
 幽霊猫だからできる芸当ではないだろうか。生身の猫だったら爪が痛くてとてもそんなことはできないだろう。
 私はしゃがみこみ、クロネコの前足の先を見た。

「あ……桐生さん、これ」

 壁の片隅、タイルの張り込みが切れている箇所の壁の塗料が割れ、剥がれている。もっとよく見ると、剥がれた塗料の下、コンクリートに小さな亀裂が入っていた。

「コンクリートにヒビが入っていると言うことでしょうか」
「これってさっきの地震のせいじゃねえんじゃね?」

 ポケットに挿してあるペンの先を捲れている塗料の隙間に挿しこむ。埃が入り込んでいるのがみえた。足元だから入りやすいのだろう。と言うことは、つい今しがたできたものではない。

「あの程度の揺れでコンクリートの建物にひびが入るとは思えません」
「じゃあ、あれか? 東日本大震災のときにやられてて、気付いてなかったとか」
「それは可能性としてはあるかもしれません。このタイルの下でひびが入っていたら、当時目視で行った確認作業では気付くことができなかったでしょうか」
「なに、そんな適当な検査だったのかよ」
「建物への損害は見受けられなかったようですから、目視できなければ……」
「うっわ。ずさんだなあ……でも、目で見て問題がなきゃ、大丈夫って思うか」
「もちろん、重要な個所は専門家に見てもらっていると思いますが、ここの角は階段入り口と受付のしきりでしかありません。厚みも薄いですし、この中には鉄筋などは入っていないのではないでしょうか」
「建物を支えるような重要な役割は果たしてなさそうってことか」

 一瞬、自分のようだと可哀想に思えてしまったが、そんなことはどうでもいい。

「ま、あとで施設管理課に連絡しておこうぜ。角っこだしさ、もしかしたら誰かがぶつかって亀裂が入ったのかもしれねえじゃん」
「それはないのではないでしょうか。ここの角は削れていません。もしもぶつかるなどで痛んだのだとすれば、亀裂が入るのではなく、角が削れるはずです」
「確かに」
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