幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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救急外来の日常2

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 角に触れてみるが削れている様子はない。
 そもそも北階段自体が使用頻度が低いのだから、ぶつかる可能性は極めて低い。まして、この角は会計の受付と階段の入り口の敷居になっている薄い壁だ。ぶつかるとすれば北階段を利用する際しか考えられないが、動線を考慮するとぶつかる方が難しいことに気づく。
 職員が北階段に向かう時、中央は患者が座るための長椅子が並んでいるのだから、それを避毛で大きく回り込んで歩く。絵画が飾ってある壁伝いに歩く方が自然だ。
 会計や相談室の患者向けの扉からなら、確かにこの敷居の前を通るだろうが、職員は裏側の職員専用の出入り口を使う。
 では、患者かといえば、それも考えづらい。
 この仕切り壁があるおかげで北階段の扉が待合ホールから丸見えにならずに済んでいるからだ。職員専用のエリアに患者が入り込まないようにするための工夫だと思うが、そのおかげでさらに暗く陰気な雰囲気になっている気がする。

「ぶつかったってよりは、フツーに老朽化だろうなぁ……30年だし」

 ふと、当院の歴史……というか事実上、結城事務局長の伝記を思い出した。病院の歴史はこの建物の歴史でもある。

「色々と検討したいところではありますが、これはわたしたちの管轄ではありませんね」
「お。珍しい」
「何がでしょうか」
「施設管理課に言うだけで構わないなんて、珍しいなって」
「当たり前のことではないでしょうか」
「桐生さん、自分の担当じゃないからって関心を持たないの嫌いじゃん。医事課の係長とバトルったくらいだし」

 怪訝そうに眉を寄せる。これは本当に心当たりがなさそうだ。

「だからさ。医事課の係長が赴任した直後。あのヒト、私用の外線依頼まで電話交換に依頼したり、クレーム対応も押し付けたりしてただろ」
「そう言えばそうでしたね」
「それで桐生さん、すげえ怒って医事課に文句付けにいったじゃん」

 殆どの大病院の代表電話は、電話交換手を介して担当部署に回される。たとえば、重篤患者からの電話などはプッシュ選択式では対応しきれないためだ。
 電話の総合受付である電話交換は搬送さんと同じく委託業者に任せているのだが、時々、相手の立場が弱いことにつけ込む職員がいる。
 委託業者の担当は桐生さんだ。
 そもそも不正行為は絶対に許せない性格だから対応は早かった。

「わたしは当たり前のことを当たり前にしているだけです。弱い立場の人に無理を強いることは絶対にしてはなりません。そもそも、わたし達はそう言う立場の人のためにあるのですから」
「福祉って意味じゃ、そうだよな」

 それでも、金と権力に人は弱い。
 面倒を嫌って、正しいと思っても口に出せないことが殆どだ。

「で、そう言う桐生さんが、この件を自分の仕事じゃないから施設管理課に任せるって言うのがさ。なんでも自分でやっちゃいそうなイメージだから」
「それは誤解です。庶務課は職員が働きやすい環境をソフト的側面から整えるのがミッションですが、施設管理課は建物そのものや物品の管理に特化しています。問題を発見次第報告することは業務範囲ですが、この補修や修繕業者の手配は違います。それに、門外漢であることを自覚しているのに口出しはできません」
「んじゃ、医事課の時は?」
「医事課長のされていることが如何に病院業務に悪影響を及ぼしているか、客観的な数字をもとに説明申し上げただけです」
「こんなにかけるんじゃねえぞって?」
「いいえ。私用電話のために2分回線を塞いだ場合の患者の死亡率を計算しただけです」
「なにそれ……」
「救急車専用のホットラインもありますが、それはより緊急性の高い2次救急や3次救急車のみです。回線も少ないので代表電話にかかってくることも少なくありません。他院からの地域連携業務の電話も、同様です。代表電話の回線を塞ぐと言うことは重篤な患者の命を奪うことにもつながり兼ねません。それを数字で提示しただけです」

 つまり、お前が誰かを殺す確率はこれだけあるんだぞって、脅しをかけたってことじゃねえか。そりゃあ、医事課も桐生さんを苦手に思うはずだ。

「ちなみに、それ、どこか他に提出した?」
「改めていただくことが目的なのに、誰かに提出する必要がありますか?」
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