幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

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救急外来の日常3

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 脅しのネタをつかまれているわけだ。
 少しばかり医事係長を哀れに思いながら、私は北階段の入り口のドアを開けた。分厚くて重い鉄製の扉を、肩を痛めている桐生さんに開けさせるわけにはいかない。
 庶務課に戻ったら最初にヒビのことを報告しないとなあと思っている時だった。

「友利さん」

 桐生さんの声が硬い。

「おいおい、何があったんだ?」

 私も自然と声がひくくなる。
 急いでトアを締めて階段を駆け上がる。
 北階段は普段誰も通らない静かな階段だ。
 だが今は、ざわついていた。
 1階と2階の間の踊り場まで来ると状況が明確になる。
 見上げた3階のドアが開いており、50代くらいの女性を中心に10名ほど扉の内側に向かって立っていた。
 立入禁止区域に入り込んだと言うより、3階に入りきらなくて溢れ出たと言った方が正しいかもしれない。
 扉の向こう側からは、誰かが何かを言っているのが聞こえる。
 しかし階段側にいる人々の話し声で遮られ聞き取れなかった。

「何かあったみたいだな」

 ヒソヒソと桐生さんに耳打ちする。

「3階は重症患者の病棟です」

 桐生さんの返事も静かだ。

「患者の数が多く、その家族が溢れてると考えられます」
「だろうな。患者には見えねぇよ」
「急ぎましょう」
「聞きに行く?」
「いえ、急ぐのは庶務課に、です。何かわかるかもしれません」
「何かって……俺らは医師でも看護師でもないんだぞ」

 あれだけの数の家族らしき人々が集まっているのだ。何か大きな事故があったと考えるのが自然だ。
 高速道路で玉突き事故があった時も酷かった。負傷者が30名以上に登り、近隣の医療機関に振り分けられた。当院の受け入れは八名で、救命センターだけでは対応しきれず、3階でも受け入れていたからこうして階段まで、その家族であふれた。
 扉を開けだ向こう側はナースセンター前でスペースが広く開いているのだが、そこに入りきれない家族は階段まで出てきてしまうのだ。
 こう言う時は、通常の説明室の使用や入退院センターでの事務手続きは行えない。予約が入っていた患者の対応が一切できなくなるから、各部署から手伝いに行く。

「つまり……事務手続きの手伝いってこと? 俺らだと普段やってないから保険証の手続きとか電子カルテの操作とかわかんないよ」
「わかっています」

 上を見上げる桐生さんの目に、不安の色があるように見えた。

「先日の玉突き事故の時以上の人数です。それに、あの時に同時に多数の受け入れがあった場合の対応マニュアルができたはずなのに、それが機能している様子が見えません。機能できない人数である可能性を考慮しなくては……」

 そんなにも大勢の患者が、救急で運ばれてきたと言うのか。

「でも、正面玄関の方は静かだったろ。外来もいつも通りだし」
「救急の入り口は別ですし、基本的に救命センターと外来は別組織と言うことになっています。距離も離れていますし……互いの様子がわかりません」
「そっか……」
「わたし達にも、ご家族の皆様をご案内したり書類を用意することくらいはできますし、治療はできなくても様子を伝達することくらいはできます」
「できることはいくつもあるか」
「あるいは、庶務課内にも元医事課の方もいらっしゃるので、そちらがサポートに回ったとしたら、庶務課内の人手が不足していますから、課内でやることは山積みです」
「俺、デスクワーク苦手なのになあ」
「わたしは友利さんは優秀な方だと思っています。事務仕事が苦手なだけで」
「事務仕事ができないって、事務員として致命的じゃねえの?」

 私はがっくりとしながら庶務課に急いだ。
 扉をあけてスタッフ専用エリアになった途端、私たちは申し合わせたように走り出した。短い距離であっても歩いている余裕はない。ここなら搬送さんにぶつかる心配もないからだ。
 開きっぱなしになっている庶務課のドアの向こう側は、大騒ぎになっていた。

「申し訳ございません、会見は現在のところ、分かりかねますーー」
「はい、はい、ご親族の方ですね。では患者様のお名前とご生年月日、住所などをーー」
「ーーですから、個人情報保護法というのがありまして、患者様のことはお伝えできません。お電話いただいている方は、全く関わりのない、近くのラーメン屋さんですよね?」
「お待たせして申し訳ございません、担当の者が別のお電話にでており……折り返し……はい、まだかかるようでして……」

 庶務課内の電話という電話が鳴り続け、近くの席の職員はひたすら対応し続けている。

「お前ら、良いところに!」

 私たちに気づいた庶務課長が奥からやってきた。
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