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ひび割れそうになる日常 2
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やんわりと――しかし、しっかりと怪我人らしく大人しく過ごすようにご指導を受けた私は、中央階段から庶務課に向かおうとして再び怒られた。
「今日くらいはエレベーター使いなさいよ」
看護師長のありがたいお心遣いだ。
エレベーターの上昇ボタンを押して待つ。
救急の受付前は閑散としていて静かだ。
救急車のサイレンも聞こえない。
昼間の混雑が嘘のようだった。
エレベーターを降りて庶務課に向かう。
今はもう、夜9時に近い。
夜間の見舞い時間もとっくに終了しており、どこも薄暗かった。
当直時間帯だ。人気が無いのも当然だと思って角を曲がると、一角だけ妙に明るい。庶務課のドアが開いたままになっていて、明かりが漏れているからだ。
「おつかれさまです~」
そっと中を覗き込むと、桐生さんがいた。
うん、だろうなと思ってた。
「友利さん」
私の顔を見るなり、桐生さんは立ち上がり、こちらまでやってきて、深々と頭を下げてきた。
「え……なんだよ。どうした」
「申し訳ありませんでした」
なんだ、なんだ。
全く心当たりがない。
「俺、桐生さんに謝られるようなこと、したか? じゃねえか、えっと。桐生さん、謝らないようなこと、したっけ?」
「わたしが子供を追いかける際、友利さんを巻き込んでしまいました。頭を怪我していることは重々承知していたのに……申し訳ありません」
「ちょ、ちょい待てって。それさ、桐生さん謝るところじゃなくねえ?」
「わたしが動かなければ、友利さんも無理はしなかったはずです」
「そうじゃねえだろ。っつーかさ。桐生さんだって、怒られたりしたんじゃねえの? 何か言われなかった?」
「看護師長からおしかりを受けました。それから、管理課長からも他の人が真似すると困るので、あのような動きはしないで欲しいと」
走っていた時の桐生さんの姿を思い出し、ため息が漏れた。
「いやーそれはねえだろ。あんなんできるの、桐生さんくらいだって」
「真似をしようとする人が出てくることが問題ですので、できるか否かではないのではないかと」
「あきらか、フツーの人はできないから、最初からやろうとしないだろ。それに、ここ病院。病人と怪我人はあんなことはしねえの」
「した人がいるではありませんが、ここに」
どいつだよ、とツッコミを入れたいが、そこまで耄碌はしていない。私だ。
「分かった。うん、俺が悪かった。俺が真似したせいで、桐生さんが怒られたんだよな。ごめん」
「何故、友利さんが謝るのですか。明らかに友利さんは――」
「うん、だから、ここで終わりにしようぜ、この話は。俺も、桐生さんも怒られて、患者の自覚をもって行動しましょうってことで」
「しかし」
「いいんだって。思い出せよ。桐生さんだってさ、骨折してるんだろ?」
「……」
「ってことはさ。重要なことは、俺たちは怪我人なんだから、おとなしくして、これ以上うちのドクターや看護師さんを忙しくさせないことだよな」
ポン、と肩を叩き、席に座る。
いつの間にか、隣の席の上にクロネコが座っていた。
隣は桐生さんの席だ。
クロネコに視線を向けると、自然に桐生さんが見ていたパソコン画面が見えてしまった。
「関係企業一覧……?」
画面と桐生さんを見比べると、桐生さんは立ったままマウスを操作していくつかのウィンドウを開いた。
「はい。高校の事故について、思うところがありまして……調べてみました。やはり、最近ニュースで話題になっている化学メーカーの素材が使われています。現在分かっている該当素材の問題点は、経年劣化に関わる実験を十分に行っていなかったために生じる脆弱性です」
「……ほんとごめん。もっとわかりやすい言葉で教えてくれない?」
「保証期間内に壊れるようなもので体育館が作られていた、と言えばわかりやすいでしょうか」
「なにそれ、やべえな」
「ご理解いただけてなによりです」
「でも、そんなに最近作ってたわけ?」
「いいえ。体育館は30年ほど前に作られたものです。ですから保証期限内と言う表現は本来相応しくありません」
桐生さんのいう事に私は静かに頷いた。
「言いたいこと、分かるよ。人の体も建物も……年を重ねるごとにガタが来るじゃん。でもメンテナンスすることで長持ちさせたりできるんだよな。いきなり壊れるってのは事故くらいだろ」
「事故と言うより、今回は人災と言われる可能性があります」
「ま、十分安全性を検査してなかったって話だとその通りだ。せっかくだから周辺医療機関みんなで訴えるか。お前んとこがちゃんとしなかったせいで、うちがこんなに忙しくなったんだぞって」
「残念ながら、それは八つ当たりというものではないでしょうか」
「頼むよ桐生さん、これ、冗談だから。笑うところな?」
そこで難しい顔して悩まないでくれ。
師長が言っていた医療ジョークも、桐生さんはまじめな顔で返すのだろうな。
「今日くらいはエレベーター使いなさいよ」
看護師長のありがたいお心遣いだ。
エレベーターの上昇ボタンを押して待つ。
救急の受付前は閑散としていて静かだ。
救急車のサイレンも聞こえない。
昼間の混雑が嘘のようだった。
エレベーターを降りて庶務課に向かう。
今はもう、夜9時に近い。
夜間の見舞い時間もとっくに終了しており、どこも薄暗かった。
当直時間帯だ。人気が無いのも当然だと思って角を曲がると、一角だけ妙に明るい。庶務課のドアが開いたままになっていて、明かりが漏れているからだ。
「おつかれさまです~」
そっと中を覗き込むと、桐生さんがいた。
うん、だろうなと思ってた。
「友利さん」
私の顔を見るなり、桐生さんは立ち上がり、こちらまでやってきて、深々と頭を下げてきた。
「え……なんだよ。どうした」
「申し訳ありませんでした」
なんだ、なんだ。
全く心当たりがない。
「俺、桐生さんに謝られるようなこと、したか? じゃねえか、えっと。桐生さん、謝らないようなこと、したっけ?」
「わたしが子供を追いかける際、友利さんを巻き込んでしまいました。頭を怪我していることは重々承知していたのに……申し訳ありません」
「ちょ、ちょい待てって。それさ、桐生さん謝るところじゃなくねえ?」
「わたしが動かなければ、友利さんも無理はしなかったはずです」
「そうじゃねえだろ。っつーかさ。桐生さんだって、怒られたりしたんじゃねえの? 何か言われなかった?」
「看護師長からおしかりを受けました。それから、管理課長からも他の人が真似すると困るので、あのような動きはしないで欲しいと」
走っていた時の桐生さんの姿を思い出し、ため息が漏れた。
「いやーそれはねえだろ。あんなんできるの、桐生さんくらいだって」
「真似をしようとする人が出てくることが問題ですので、できるか否かではないのではないかと」
「あきらか、フツーの人はできないから、最初からやろうとしないだろ。それに、ここ病院。病人と怪我人はあんなことはしねえの」
「した人がいるではありませんが、ここに」
どいつだよ、とツッコミを入れたいが、そこまで耄碌はしていない。私だ。
「分かった。うん、俺が悪かった。俺が真似したせいで、桐生さんが怒られたんだよな。ごめん」
「何故、友利さんが謝るのですか。明らかに友利さんは――」
「うん、だから、ここで終わりにしようぜ、この話は。俺も、桐生さんも怒られて、患者の自覚をもって行動しましょうってことで」
「しかし」
「いいんだって。思い出せよ。桐生さんだってさ、骨折してるんだろ?」
「……」
「ってことはさ。重要なことは、俺たちは怪我人なんだから、おとなしくして、これ以上うちのドクターや看護師さんを忙しくさせないことだよな」
ポン、と肩を叩き、席に座る。
いつの間にか、隣の席の上にクロネコが座っていた。
隣は桐生さんの席だ。
クロネコに視線を向けると、自然に桐生さんが見ていたパソコン画面が見えてしまった。
「関係企業一覧……?」
画面と桐生さんを見比べると、桐生さんは立ったままマウスを操作していくつかのウィンドウを開いた。
「はい。高校の事故について、思うところがありまして……調べてみました。やはり、最近ニュースで話題になっている化学メーカーの素材が使われています。現在分かっている該当素材の問題点は、経年劣化に関わる実験を十分に行っていなかったために生じる脆弱性です」
「……ほんとごめん。もっとわかりやすい言葉で教えてくれない?」
「保証期間内に壊れるようなもので体育館が作られていた、と言えばわかりやすいでしょうか」
「なにそれ、やべえな」
「ご理解いただけてなによりです」
「でも、そんなに最近作ってたわけ?」
「いいえ。体育館は30年ほど前に作られたものです。ですから保証期限内と言う表現は本来相応しくありません」
桐生さんのいう事に私は静かに頷いた。
「言いたいこと、分かるよ。人の体も建物も……年を重ねるごとにガタが来るじゃん。でもメンテナンスすることで長持ちさせたりできるんだよな。いきなり壊れるってのは事故くらいだろ」
「事故と言うより、今回は人災と言われる可能性があります」
「ま、十分安全性を検査してなかったって話だとその通りだ。せっかくだから周辺医療機関みんなで訴えるか。お前んとこがちゃんとしなかったせいで、うちがこんなに忙しくなったんだぞって」
「残念ながら、それは八つ当たりというものではないでしょうか」
「頼むよ桐生さん、これ、冗談だから。笑うところな?」
そこで難しい顔して悩まないでくれ。
師長が言っていた医療ジョークも、桐生さんはまじめな顔で返すのだろうな。
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