幽霊事務局長の穏やかな日常=大病院の平和は下っぱ事務員と霊が守ります=

藤島紫

文字の大きさ
59 / 72

ひび割れそうになる日常 2

しおりを挟む
 やんわりと――しかし、しっかりと怪我人らしく大人しく過ごすようにご指導を受けた私は、中央階段から庶務課に向かおうとして再び怒られた。

「今日くらいはエレベーター使いなさいよ」

 看護師長のありがたいお心遣いだ。
 エレベーターの上昇ボタンを押して待つ。
 救急の受付前は閑散としていて静かだ。
 救急車のサイレンも聞こえない。
 昼間の混雑が嘘のようだった。
 エレベーターを降りて庶務課に向かう。
 今はもう、夜9時に近い。
 夜間の見舞い時間もとっくに終了しており、どこも薄暗かった。
 当直時間帯だ。人気が無いのも当然だと思って角を曲がると、一角だけ妙に明るい。庶務課のドアが開いたままになっていて、明かりが漏れているからだ。

「おつかれさまです~」

 そっと中を覗き込むと、桐生さんがいた。
 うん、だろうなと思ってた。

「友利さん」

 私の顔を見るなり、桐生さんは立ち上がり、こちらまでやってきて、深々と頭を下げてきた。

「え……なんだよ。どうした」
「申し訳ありませんでした」

 なんだ、なんだ。
 全く心当たりがない。

「俺、桐生さんに謝られるようなこと、したか? じゃねえか、えっと。桐生さん、謝らないようなこと、したっけ?」
「わたしが子供を追いかける際、友利さんを巻き込んでしまいました。頭を怪我していることは重々承知していたのに……申し訳ありません」
「ちょ、ちょい待てって。それさ、桐生さん謝るところじゃなくねえ?」
「わたしが動かなければ、友利さんも無理はしなかったはずです」
「そうじゃねえだろ。っつーかさ。桐生さんだって、怒られたりしたんじゃねえの? 何か言われなかった?」
「看護師長からおしかりを受けました。それから、管理課長からも他の人が真似すると困るので、あのような動きはしないで欲しいと」

 走っていた時の桐生さんの姿を思い出し、ため息が漏れた。

「いやーそれはねえだろ。あんなんできるの、桐生さんくらいだって」
「真似をしようとする人が出てくることが問題ですので、できるか否かではないのではないかと」
「あきらか、フツーの人はできないから、最初からやろうとしないだろ。それに、ここ病院。病人と怪我人はあんなことはしねえの」
「した人がいるではありませんが、ここに」

 どいつだよ、とツッコミを入れたいが、そこまで耄碌はしていない。私だ。

「分かった。うん、俺が悪かった。俺が真似したせいで、桐生さんが怒られたんだよな。ごめん」
「何故、友利さんが謝るのですか。明らかに友利さんは――」
「うん、だから、ここで終わりにしようぜ、この話は。俺も、桐生さんも怒られて、患者の自覚をもって行動しましょうってことで」
「しかし」
「いいんだって。思い出せよ。桐生さんだってさ、骨折してるんだろ?」
「……」
「ってことはさ。重要なことは、俺たちは怪我人なんだから、おとなしくして、これ以上うちのドクターや看護師さんを忙しくさせないことだよな」

 ポン、と肩を叩き、席に座る。
 いつの間にか、隣の席の上にクロネコが座っていた。
 隣は桐生さんの席だ。
 クロネコに視線を向けると、自然に桐生さんが見ていたパソコン画面が見えてしまった。

「関係企業一覧……?」

 画面と桐生さんを見比べると、桐生さんは立ったままマウスを操作していくつかのウィンドウを開いた。

「はい。高校の事故について、思うところがありまして……調べてみました。やはり、最近ニュースで話題になっている化学メーカーの素材が使われています。現在分かっている該当素材の問題点は、経年劣化に関わる実験を十分に行っていなかったために生じる脆弱性です」
「……ほんとごめん。もっとわかりやすい言葉で教えてくれない?」
「保証期間内に壊れるようなもので体育館が作られていた、と言えばわかりやすいでしょうか」
「なにそれ、やべえな」
「ご理解いただけてなによりです」
「でも、そんなに最近作ってたわけ?」
「いいえ。体育館は30年ほど前に作られたものです。ですから保証期限内と言う表現は本来相応しくありません」

 桐生さんのいう事に私は静かに頷いた。

「言いたいこと、分かるよ。人の体も建物も……年を重ねるごとにガタが来るじゃん。でもメンテナンスすることで長持ちさせたりできるんだよな。いきなり壊れるってのは事故くらいだろ」
「事故と言うより、今回は人災と言われる可能性があります」
「ま、十分安全性を検査してなかったって話だとその通りだ。せっかくだから周辺医療機関みんなで訴えるか。お前んとこがちゃんとしなかったせいで、うちがこんなに忙しくなったんだぞって」
「残念ながら、それは八つ当たりというものではないでしょうか」
「頼むよ桐生さん、これ、冗談だから。笑うところな?」

 そこで難しい顔して悩まないでくれ。
 師長が言っていた医療ジョークも、桐生さんはまじめな顔で返すのだろうな。
しおりを挟む
感想 48

あなたにおすすめの小説

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

熱い風の果てへ

朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。 カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。 必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。 そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。 まさか―― そのまさかは的中する。 ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。 ※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。

橘若頭と怖がり姫

真木
恋愛
八歳の希乃は、母を救うために極道・橘家の門を叩き、「大人になったら自分のすべてを差し出す」と約束する。 その言葉を受け取った橘家の若頭・司は、希乃を保護し、慈しみ、外界から遠ざけて育ててきた。 高校生になった希乃は、虚弱体質で寝込んでばかり。思いつめて、今まで養ってもらったお金を返そうと夜の街に向かうが、そこに司が現れて……。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

処理中です...