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ひび割れそうになる日常 3
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「ところで、桐生さんがこれを調べてたのって、今後、この会社が医療費を持つ可能性があるからってこと?」
「今回は学校保健と業者、どちらが負担するかという事で揉めることになりそうですから各医療機関は受け入れを嫌がるでしょうね。あるいは十分に検査をしていない可能性があると知りながら入札させた行政側の責任が問われる可能性があります」
「マジか。でも、行政は悪くねえだろ。どっちかってーと、被害者側じゃね? 安全なもんだと思って発注したわけだろ」
桐生さんは黙って椅子に座るとパソコンの脇に立ててあった本を取り出した。言わずと知れた結城事務局長の伝記――もとい、『医療センター30年の歩み』だ。
「なに? その本がどうかした?」
「この本には、当院の医療事業のスタートまでに紆余曲折があったことが書かれています」
「あったっけ?」
「公共事業の担当企業は入札形式で決定します。身近なところですと、わたしが担当している当院の委託業者もその一つです」
「受付とかの事務系とか、派遣の専門職もそうだよな。人事系のこと以外は担当課がやってくれてるけど」
「この入札は公平に行われなければなりません。価格だけではなく、その内容にも拘らなければ納税者は納得しないでしょう」
「そりゃそうだ」
「ですから、選ぶときは慎重になります。しかし、残念なことに古今東西、これに関わる不正は多いことも事実です」
よくある話ではあるが、だんだんきな臭くなってきたぞ。
「30年前。当時の議会の副議長が、自分の身内が経営する業者に優先的に入札させていたことに端を発し、多くの議員が辞職、選挙が行われました。また、その時には議員だけではなく多くの役員クラスの職員も退職しています」
「不正に絡んでいたのは議員だけじゃなかったってことか」
「また、その企業が請け負っていたのは、学校だけではありません。その当時、建設中であった当院もそうです」
「え……」
「はじめに事務局長に内定していた人が逮捕され、マスコミの注目も集まっていました。誰も事務局長のポジションにつきたがらなかったと書かれています」
桐生さんが本を開く。
最初のあたりだ。
「あーごめん。この辺、難しくて読み飛ばしてたかも」
「再読をお勧めします――このように、当院の立ち上げは困難を極めました。埼玉県の医師の人口に対する割合が、全国でも極めて低いことは、友利さんもご存知かと思います」
「全国平均の3分の2なんだよな。人口の割に医師が少ない。おかげでうちはいつも激混みだ」
「しかしこれでも改善したと言えるのかもしれません。当時は全国平均の2分の1ほど。極端に不足していました」
「半分? マジか」
「はい。もともと数が少ないのですから、そこから優秀な医師を集めるとなるとより難しくなります。また不正があったためにイメージも悪い……そのようなところで働きたいと思う医師がどれほどいるでしょうか」
たしかにそうだ。
いくら、先端医療を投入すると言っても、その技術を磨きたい医師や経験を積みたい医師にとって指導医がいなければ意味がない。
指導ができるレベルの医師はどの病院でも引っ張りだこだ。イメージが悪く、べらぼうに忙しくなることがわかっている病院で働こうとは思わないだろう。
「そんな時、白羽の矢が立ったのが――」
「結城俊晴……結城事務局長の誕生ってわけか」
「はい」
机の上のクロネコのヒゲがピンと伸びている。
どこか誇らしげに見えるのは気のせいではないのかも知れない。
「結城事務局長は極めて勤勉で真面目、不正を嫌う人柄であったと伝えられています」
「ま、そういう人でなきゃ、不正があった後の長として立つにはふさわしくねえよな」
「今回は学校保健と業者、どちらが負担するかという事で揉めることになりそうですから各医療機関は受け入れを嫌がるでしょうね。あるいは十分に検査をしていない可能性があると知りながら入札させた行政側の責任が問われる可能性があります」
「マジか。でも、行政は悪くねえだろ。どっちかってーと、被害者側じゃね? 安全なもんだと思って発注したわけだろ」
桐生さんは黙って椅子に座るとパソコンの脇に立ててあった本を取り出した。言わずと知れた結城事務局長の伝記――もとい、『医療センター30年の歩み』だ。
「なに? その本がどうかした?」
「この本には、当院の医療事業のスタートまでに紆余曲折があったことが書かれています」
「あったっけ?」
「公共事業の担当企業は入札形式で決定します。身近なところですと、わたしが担当している当院の委託業者もその一つです」
「受付とかの事務系とか、派遣の専門職もそうだよな。人事系のこと以外は担当課がやってくれてるけど」
「この入札は公平に行われなければなりません。価格だけではなく、その内容にも拘らなければ納税者は納得しないでしょう」
「そりゃそうだ」
「ですから、選ぶときは慎重になります。しかし、残念なことに古今東西、これに関わる不正は多いことも事実です」
よくある話ではあるが、だんだんきな臭くなってきたぞ。
「30年前。当時の議会の副議長が、自分の身内が経営する業者に優先的に入札させていたことに端を発し、多くの議員が辞職、選挙が行われました。また、その時には議員だけではなく多くの役員クラスの職員も退職しています」
「不正に絡んでいたのは議員だけじゃなかったってことか」
「また、その企業が請け負っていたのは、学校だけではありません。その当時、建設中であった当院もそうです」
「え……」
「はじめに事務局長に内定していた人が逮捕され、マスコミの注目も集まっていました。誰も事務局長のポジションにつきたがらなかったと書かれています」
桐生さんが本を開く。
最初のあたりだ。
「あーごめん。この辺、難しくて読み飛ばしてたかも」
「再読をお勧めします――このように、当院の立ち上げは困難を極めました。埼玉県の医師の人口に対する割合が、全国でも極めて低いことは、友利さんもご存知かと思います」
「全国平均の3分の2なんだよな。人口の割に医師が少ない。おかげでうちはいつも激混みだ」
「しかしこれでも改善したと言えるのかもしれません。当時は全国平均の2分の1ほど。極端に不足していました」
「半分? マジか」
「はい。もともと数が少ないのですから、そこから優秀な医師を集めるとなるとより難しくなります。また不正があったためにイメージも悪い……そのようなところで働きたいと思う医師がどれほどいるでしょうか」
たしかにそうだ。
いくら、先端医療を投入すると言っても、その技術を磨きたい医師や経験を積みたい医師にとって指導医がいなければ意味がない。
指導ができるレベルの医師はどの病院でも引っ張りだこだ。イメージが悪く、べらぼうに忙しくなることがわかっている病院で働こうとは思わないだろう。
「そんな時、白羽の矢が立ったのが――」
「結城俊晴……結城事務局長の誕生ってわけか」
「はい」
机の上のクロネコのヒゲがピンと伸びている。
どこか誇らしげに見えるのは気のせいではないのかも知れない。
「結城事務局長は極めて勤勉で真面目、不正を嫌う人柄であったと伝えられています」
「ま、そういう人でなきゃ、不正があった後の長として立つにはふさわしくねえよな」
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