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朝の日課
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意識がはっきりと覚醒して、目が覚める。
目を開くと最初に見えるのは天井。木目は薄暗くて見えない。
部屋は枕元にある行灯の淡い灯火と、障子のおかげで真っ暗ではない。目をしばらく開けたり閉じたりし、同じ様に手を閉じたり開いたりする。そうして、体全体を起こしていくように意識して動かす。
目も部屋の様子に慣れてきたのか、最初は見えなかった木目が段々と見えてくる。それが確認出来ると朔耶は体を起こす。
白い寝間着の少し乱れた衿を直していく。その手は白い絹の手袋をしており、長さは二の腕まである。着けたまま、忘れて寝たようには見えない仕草は、自分の意志で着けたままでいるようにも見える。
温かい綿入りの布団から身を起こし、布団の上にかけていた羽織を着て暖をとる。
最近は朝と夜が寒くなり始めた。風邪をひいては迷惑をかけるし、なにより、自分の身の回りには過保護な者が多いから、その者たち心配をかけてしまう。
かけてしまうが、これからする事は真逆の事をしなければならない。
行灯の蝋燭を吹き消すと朔耶は部屋を出ていく。寒く、誰もいない薄暗い廊下を歩きだす。裸足の足に廊下の冷たさは少々厄介だ。
廊下を歩き、裏庭に出られる縁側までいく。沓脱石には一組のわらじが既に出されており、朔耶はそれを履いて裏庭を歩く。
祠の近くにはしめ縄が掛けられた井戸がある。肩にかけていた羽織を濡れないように、井戸を守る様に建てられた場所に置く。
滑車を使い井戸の水を汲上げ、大きな桶に溜める。それを数度繰り返すと桶の中は半分ぐらいの水が溜まる。
その桶の中に手を入れる。冷たい水は刺すような痛みを与える。そして、手ですくうと顔にその水を浴びせる。
あまりの冷たさに顔をしかめる。眉を寄せ、耐える。顔からはぽたぽたと雫が落ちて、寝間着を濡らしていく。
ギュッと閉じた目を開き、そばにある小さな桶を掴むと、桶の水を掬い、ゆらゆらと揺れる水を見て一つ深呼吸すると、その冷たい井戸水を躊躇なく体に浴びせる。
「っぅ・・・・・・」
冷たい。刺すように冷たい。けど、これは毎日、たとえ雨だろうと、雪だろうとしなくてはいけない。特に、昨夜の様な事があった翌日は絶対にしなくてはいけない。
身を清め、神仏に祈り、心を整えてやっと、一日が始める。その為の必ずしなくてはならないものだ。
本来なら雪解け水の泉に体を浸し浄めるが、場所が場所だけにそれは叶わない。だから、屋敷の浄められた井戸水を使い、体の穢を洗い浄める。
「・・・・・・・・・・・」
一度、水を浴びれば、何かの覚悟が出来たのか、再び掬い浴びる。大きな桶の水を全て無くしていく。
今は、教えられた通りの量を浴びているが、小さな頃は桶いっぱいの水を、延々の浴びせられ続けられた。それこそ冬の雪が降る寒い中で延々と。凍えて、歯の根が合わなくガタガタと震えていたのを思い出す。
全ての水を浴びた頃に、一枚の手拭いがそっと差し出される。朔耶はそれを当たり前の様に受け取り、顔を拭いていく。
「ありがとう。東雲」
鴇色の着物を着た「東雲」と呼ばれた女性は、笑顔で応える。そして、一枚の白い寝間着を広げると朔耶の後ろに立つ。朔耶も東雲が後ろに来たことを察し、立ち上がると水で濡れた寝間着の丹前帯を解き、寝間着を脱いでいく。
濡れた寝間着は「バシャ」と音をたて、砂利の上に落ちる。裸になった朔耶を見ないように東雲は目を逸らす。それは、朔耶の体を気遣っての事。
朔耶も知っているから急いで袖を通し、乾いた寝間着の衿を合わせる。
朔耶が袖を通す音だけを聞いて東雲は顔を向けると、肩に掛けていた丹前帯を渡し、朔耶はそれを受け取り前で結ぶ。
「最近は寒う御座います。早く、部屋に戻りましょう」
「ありがとう。後は頼みました」
「はい」
濡れないように置いていた羽織をそっと、肩に掛けられて朔耶は庭に出た縁側に戻っていく。東雲は軽く頭を下げると、朔耶が浴びていた桶や濡れた寝間着を片付けた。それが、朔耶と東雲の一日の始まりを告げる。
変わらない、これからもずっと続く、朝の日課であり、始まりの合図でもあった。
青褐色の木綿地に、黒い昼夜帯と地味め装いだが、よくよく見ると、帯には白い薔薇の柄が薄く織られている。遠目なら黒に見える帯も、近くで見ると装いが変わる。
華美に装うことが嫌いな主と、華美に装うことに対して嫌味を言う、周りの人間に対して対策をした結果だ。
主である朔耶の着物はどれも地味で、年頃のむすめが装うものはあまりない。
本来なら明るい色を着て欲しいが、本人も周りもそれを良しとしない。
植え付けられた概念は根深い。その概念を取っ払う機会はいずれあるのかと、朔耶の周りにいる朔耶の味方の者達は思って日々を過ごしている。
着替えが終わると、朔耶は居間に行き、神棚の米や塩、水を替える。榊の水を替え、少しだけ枝を切る。軽く拭き掃除を終えると、二拝、二拍手、一拝をする。
それが終わると、今度は再び、裏庭に出ると井戸の近くの祠に行く。同じ様に掃除をし、供えてある米や塩、水を新しいものと変え、榊の手入れをすると同じ様に参拝する。
米や塩を持って屋敷に戻ると、朔耶はそのまま台所に向かう。
台所では鴇色の着物を襷掛けにした東雲が、忙しく動いている。食事の準備中だ。その隣では朔耶よりも一回りほど小さい女の子が、東雲と同じ様に動き回っている。
「あっ、朔耶様!どうされました?お米とお塩?ああぁ!お供えのですね!はい!お預かりしますね!!姉さま~こちらは今晩の夕餉に使うのですか?それとも、明日?」
大きな白い梅柄の萌黄色の着物に、白い帯、撫子色の帯締め、帯揚げをし、さながら春を告げる小鳥にも見える。東雲と同じ様に襷掛けをし、着物を汚さないように白い前掛けをしている姿は愛らしい。
「歌弥ありがとう。えぇ、夕餉で使いますよ」
歌弥と呼ばれた少女は東雲に塩と米を渡すと、再び竈門の火を見て、鍋の中で茹でられている青菜を見る。程よい茹で加減を見極めると菜箸で取り上げ、ザルにあげる。
「和物は任しました・・・・もうすぐ食事が出来ますから、朔耶様はお部屋でお待ち下さい」
東雲に言われ朔耶は軽く頷くと台所を後にする。
食事の支度は一切出来ないので、いても邪魔なだけだし、ここは言われた通りにするのが正解な事も理解している。
朔耶は居間に戻ると、座布団に置いてある新聞を手に取り、座る。
ゆっくりと新聞を見ながら、世間の関心や様子、小ネタ等などを頭に詰め込む。
多少の知識はないと、話題にはついてこれない。
まぁ、世間の、主に華族連中には既に「傲慢で怠慢な壬生雀院の当主」と言われているのでほぼ、見向きもされないし、話し掛けもされないので、夜会に行っても楽と言えば楽だ。
時に、意地悪で政治や経済の話をされるが、普通に答えると「チッ」と舌打ちされる。
面倒くさいことこの上ないのが、正直な感想だ。
何面か読んでいると、襖の方から声が聞こえてくる。それは、聞き慣れた東雲の声だ。
「失礼致します」
流れるような動きで襖を開け、軽く頭を下げると、朝餉を乗せた膳を持ち立ち上がる。
朔耶の前に持ってくると、そっと置いて軽く礼をする。
膳に乗せられたのは先程、歌弥が茹でていた青菜のお浸しと、生姜と出汁の効いた餡が掛けられた玉子豆腐が乗せられていた。
朝の食事にしては些か量が少なすぎるが、朔耶にとってはこれで十分な量だ。
線が細すぎる主には量を食べてもらい、少しでもふっくらと肉付き良くなって欲しいが、それは叶うことはない。幼少期からの食事のトラウマのせいで、食べる事が苦手になってしまった。
食が細い主に量を勧めるのは難しいのなら、少しでも栄養のあるものを食べて欲しくて、あの手この手を使い、食事の栄養面や質を考えた献立を考えるのが、東雲の課題にもなっている。
「滋養のある卵が手に入ったので玉子豆腐にしてみました。歌弥も頑張ってお浸しを作りましたのでお食べください」
椀に乗せられた玉子豆腐を見て、朔耶は軽く息を吐く。読みかけの新聞を丁寧に畳み、脇に置く。
朔耶と膳の周りだけ時が止まったようにも思える程、朔耶は微動だにしない。
やがて、白い絹の手袋をした手を合わせ挨拶をする。
「頂きます」
左手で椀を持ち、右手で箸を持ち綺麗な所作で食事をしていく。母親によって徹底的に教えられた所作は完璧で、そこだけを見ていたら華族の御嬢様にも見える程だ。
朔耶が椀の玉子豆腐とお浸しを綺麗に平らげると、東雲が横からお茶を出してくる。
温かい湯気を揺らしたお茶をゆっくり飲んでいると、東雲が遠慮がちに朔耶を見る。そんな様子に気づいた朔耶は、一口、お茶を飲んで東雲の方を見る。
「どうしましたか?・・・・・・・・今日の事?」
「・・・・・・・・はい・・・・・・・本日は長老連中が来ます」
物凄く大きいため息と共に「長老連中」をわざと強調して言う東雲に対し、朔耶は目線をお茶の水面に移す。
「昨日の話を聞きに来るのでしょう。後は・・・・・・何かの自慢かしら?客間の掃除は任せました。時間は昼過ぎでしたよね?」
「はい。その時刻で間違いないです。けど、どうせ、また、わざと遅れて来るんですからいい加減にして欲しいです!」
苛つき始めた東雲の言葉を聞いて、朔耶は視線を東雲に向ける。
「お決まりの事なのでそんなに怒らないで?それに、今回は早めに来るかもしれないですよ?あの人達は私達が完璧な状態で出迎え出来なかったら、ここぞとばかりに嫌味を言って楽しむ人達だから。迷惑をかけますが掃除はお願いしますね」
「・・・・・・はい、歌弥と八重さんとで頑張りますわ・・・・・」
東雲は急須を持って朔耶にお茶のお代わりを尋ねる。朔耶は首を軽く横に振り、要らないことを意思表示する。東雲は笑顔で急須をお盆に乗せようとした時に、「バーンッ!!」と勢いよく襖が開き、一人の派手な男が現れる。
髑髏の描かれた深緋色の着物は鮮やかで目を引く。
「な~ぁ~朔耶!腹減った~メシは?」
頭をボリボリと掻き、大きな欠伸をしながら部屋に遠慮なく入ってくる人物に、真っ先に怒りを表したのは東雲だった。
「この、襟巻き男!!あれ程朔耶様の食事時に部屋に入るなと言ってるでしょう!!」
「襟巻き」と言われ、男は片眉を引き攣らせる。
「うっせーな!焼き鳥女!朝からピーピー騒ぐな」
「誰が、焼き鳥女よ!!」
「テメーだろうが!」
「うぁんですってっっ!!」
・・・・・・・・・・・朝の日課が始めたか
朔耶は二人の言い争いを聞いて、静かに湯呑みのお茶を飲み干す。
二人の式神の「東雲」と「煌」は喧嘩が絶えない。
真面目で、私に忠誠を誓い、第一に私を思う東雲と、一応、私に忠誠を誓っているが、関係は友達関係の煌。
水と油の二人は顔を合わせれば言い争う。それも、子供の喧嘩か?と、言いたくなるような語彙力で言い争う。
けど、大事な場面、それこそ昨日のような妖連中を祓う時は、こちらが言わなくても二人で協力して祓う。阿吽の呼吸で。けど、終わった後に思い出したように争いが始まる。
仲がいいのか悪いのか・・・・・・・
少し、口の端を持ち上げて二人の言い争いを聞きながら、朔耶は湯呑みを膳に置くと、二人の邪魔をしないようにそっと、部屋を出ていく。
暫く言い争いをしていたら、歌弥が煌の為に食事を持ってくる。
それが合図のように煌は食事をし、東雲は部屋を出ていき掃除をしていく。
変わらない、二人の朝の日課だ。そして、私も変わらない日課をこなしていかないと。
まずは、道着に着替えなくては・・・・・
朔耶は静かに廊下を歩き、自分の部屋に戻っていった。離れていても僅かに聞こえる二人の言い争いは、朔耶にとってはなくてはならない朝の日常の一コマだ。この、一コマを守るためなら長老連中の嫌味の一つや二つ耐えられる。
あの頃に比べれば、今は可愛いものだ。そう、可愛いもの・・・・・・
朔耶は襖の引手に手を掛けて暫く動かなかった。だが、すぐに襖を動かし部屋に入り閉めた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
朝の賑やかな日課
朝起きてから、食事が終わるまでの日課は色々と目白押しです。皆さんも日課の一つや二つあると思います。
さて、嫌味を言いまくる長老連中は、どんな存在なんてしょうね?
そして、朔耶の立ち位置や、東雲や煌との関係など、そして、いつ出てくる相手は?
と、色々ありますが次の話を楽しみにしていてください。
ここまで読んで下さってありがとうございます
登録等して頂ければ幸いです。
評価がモチベーションアップです。宜しければ応援お願いします。応援で狂喜乱舞しております。
応援してくださる皆様方、本当にありがとうございます
目を開くと最初に見えるのは天井。木目は薄暗くて見えない。
部屋は枕元にある行灯の淡い灯火と、障子のおかげで真っ暗ではない。目をしばらく開けたり閉じたりし、同じ様に手を閉じたり開いたりする。そうして、体全体を起こしていくように意識して動かす。
目も部屋の様子に慣れてきたのか、最初は見えなかった木目が段々と見えてくる。それが確認出来ると朔耶は体を起こす。
白い寝間着の少し乱れた衿を直していく。その手は白い絹の手袋をしており、長さは二の腕まである。着けたまま、忘れて寝たようには見えない仕草は、自分の意志で着けたままでいるようにも見える。
温かい綿入りの布団から身を起こし、布団の上にかけていた羽織を着て暖をとる。
最近は朝と夜が寒くなり始めた。風邪をひいては迷惑をかけるし、なにより、自分の身の回りには過保護な者が多いから、その者たち心配をかけてしまう。
かけてしまうが、これからする事は真逆の事をしなければならない。
行灯の蝋燭を吹き消すと朔耶は部屋を出ていく。寒く、誰もいない薄暗い廊下を歩きだす。裸足の足に廊下の冷たさは少々厄介だ。
廊下を歩き、裏庭に出られる縁側までいく。沓脱石には一組のわらじが既に出されており、朔耶はそれを履いて裏庭を歩く。
祠の近くにはしめ縄が掛けられた井戸がある。肩にかけていた羽織を濡れないように、井戸を守る様に建てられた場所に置く。
滑車を使い井戸の水を汲上げ、大きな桶に溜める。それを数度繰り返すと桶の中は半分ぐらいの水が溜まる。
その桶の中に手を入れる。冷たい水は刺すような痛みを与える。そして、手ですくうと顔にその水を浴びせる。
あまりの冷たさに顔をしかめる。眉を寄せ、耐える。顔からはぽたぽたと雫が落ちて、寝間着を濡らしていく。
ギュッと閉じた目を開き、そばにある小さな桶を掴むと、桶の水を掬い、ゆらゆらと揺れる水を見て一つ深呼吸すると、その冷たい井戸水を躊躇なく体に浴びせる。
「っぅ・・・・・・」
冷たい。刺すように冷たい。けど、これは毎日、たとえ雨だろうと、雪だろうとしなくてはいけない。特に、昨夜の様な事があった翌日は絶対にしなくてはいけない。
身を清め、神仏に祈り、心を整えてやっと、一日が始める。その為の必ずしなくてはならないものだ。
本来なら雪解け水の泉に体を浸し浄めるが、場所が場所だけにそれは叶わない。だから、屋敷の浄められた井戸水を使い、体の穢を洗い浄める。
「・・・・・・・・・・・」
一度、水を浴びれば、何かの覚悟が出来たのか、再び掬い浴びる。大きな桶の水を全て無くしていく。
今は、教えられた通りの量を浴びているが、小さな頃は桶いっぱいの水を、延々の浴びせられ続けられた。それこそ冬の雪が降る寒い中で延々と。凍えて、歯の根が合わなくガタガタと震えていたのを思い出す。
全ての水を浴びた頃に、一枚の手拭いがそっと差し出される。朔耶はそれを当たり前の様に受け取り、顔を拭いていく。
「ありがとう。東雲」
鴇色の着物を着た「東雲」と呼ばれた女性は、笑顔で応える。そして、一枚の白い寝間着を広げると朔耶の後ろに立つ。朔耶も東雲が後ろに来たことを察し、立ち上がると水で濡れた寝間着の丹前帯を解き、寝間着を脱いでいく。
濡れた寝間着は「バシャ」と音をたて、砂利の上に落ちる。裸になった朔耶を見ないように東雲は目を逸らす。それは、朔耶の体を気遣っての事。
朔耶も知っているから急いで袖を通し、乾いた寝間着の衿を合わせる。
朔耶が袖を通す音だけを聞いて東雲は顔を向けると、肩に掛けていた丹前帯を渡し、朔耶はそれを受け取り前で結ぶ。
「最近は寒う御座います。早く、部屋に戻りましょう」
「ありがとう。後は頼みました」
「はい」
濡れないように置いていた羽織をそっと、肩に掛けられて朔耶は庭に出た縁側に戻っていく。東雲は軽く頭を下げると、朔耶が浴びていた桶や濡れた寝間着を片付けた。それが、朔耶と東雲の一日の始まりを告げる。
変わらない、これからもずっと続く、朝の日課であり、始まりの合図でもあった。
青褐色の木綿地に、黒い昼夜帯と地味め装いだが、よくよく見ると、帯には白い薔薇の柄が薄く織られている。遠目なら黒に見える帯も、近くで見ると装いが変わる。
華美に装うことが嫌いな主と、華美に装うことに対して嫌味を言う、周りの人間に対して対策をした結果だ。
主である朔耶の着物はどれも地味で、年頃のむすめが装うものはあまりない。
本来なら明るい色を着て欲しいが、本人も周りもそれを良しとしない。
植え付けられた概念は根深い。その概念を取っ払う機会はいずれあるのかと、朔耶の周りにいる朔耶の味方の者達は思って日々を過ごしている。
着替えが終わると、朔耶は居間に行き、神棚の米や塩、水を替える。榊の水を替え、少しだけ枝を切る。軽く拭き掃除を終えると、二拝、二拍手、一拝をする。
それが終わると、今度は再び、裏庭に出ると井戸の近くの祠に行く。同じ様に掃除をし、供えてある米や塩、水を新しいものと変え、榊の手入れをすると同じ様に参拝する。
米や塩を持って屋敷に戻ると、朔耶はそのまま台所に向かう。
台所では鴇色の着物を襷掛けにした東雲が、忙しく動いている。食事の準備中だ。その隣では朔耶よりも一回りほど小さい女の子が、東雲と同じ様に動き回っている。
「あっ、朔耶様!どうされました?お米とお塩?ああぁ!お供えのですね!はい!お預かりしますね!!姉さま~こちらは今晩の夕餉に使うのですか?それとも、明日?」
大きな白い梅柄の萌黄色の着物に、白い帯、撫子色の帯締め、帯揚げをし、さながら春を告げる小鳥にも見える。東雲と同じ様に襷掛けをし、着物を汚さないように白い前掛けをしている姿は愛らしい。
「歌弥ありがとう。えぇ、夕餉で使いますよ」
歌弥と呼ばれた少女は東雲に塩と米を渡すと、再び竈門の火を見て、鍋の中で茹でられている青菜を見る。程よい茹で加減を見極めると菜箸で取り上げ、ザルにあげる。
「和物は任しました・・・・もうすぐ食事が出来ますから、朔耶様はお部屋でお待ち下さい」
東雲に言われ朔耶は軽く頷くと台所を後にする。
食事の支度は一切出来ないので、いても邪魔なだけだし、ここは言われた通りにするのが正解な事も理解している。
朔耶は居間に戻ると、座布団に置いてある新聞を手に取り、座る。
ゆっくりと新聞を見ながら、世間の関心や様子、小ネタ等などを頭に詰め込む。
多少の知識はないと、話題にはついてこれない。
まぁ、世間の、主に華族連中には既に「傲慢で怠慢な壬生雀院の当主」と言われているのでほぼ、見向きもされないし、話し掛けもされないので、夜会に行っても楽と言えば楽だ。
時に、意地悪で政治や経済の話をされるが、普通に答えると「チッ」と舌打ちされる。
面倒くさいことこの上ないのが、正直な感想だ。
何面か読んでいると、襖の方から声が聞こえてくる。それは、聞き慣れた東雲の声だ。
「失礼致します」
流れるような動きで襖を開け、軽く頭を下げると、朝餉を乗せた膳を持ち立ち上がる。
朔耶の前に持ってくると、そっと置いて軽く礼をする。
膳に乗せられたのは先程、歌弥が茹でていた青菜のお浸しと、生姜と出汁の効いた餡が掛けられた玉子豆腐が乗せられていた。
朝の食事にしては些か量が少なすぎるが、朔耶にとってはこれで十分な量だ。
線が細すぎる主には量を食べてもらい、少しでもふっくらと肉付き良くなって欲しいが、それは叶うことはない。幼少期からの食事のトラウマのせいで、食べる事が苦手になってしまった。
食が細い主に量を勧めるのは難しいのなら、少しでも栄養のあるものを食べて欲しくて、あの手この手を使い、食事の栄養面や質を考えた献立を考えるのが、東雲の課題にもなっている。
「滋養のある卵が手に入ったので玉子豆腐にしてみました。歌弥も頑張ってお浸しを作りましたのでお食べください」
椀に乗せられた玉子豆腐を見て、朔耶は軽く息を吐く。読みかけの新聞を丁寧に畳み、脇に置く。
朔耶と膳の周りだけ時が止まったようにも思える程、朔耶は微動だにしない。
やがて、白い絹の手袋をした手を合わせ挨拶をする。
「頂きます」
左手で椀を持ち、右手で箸を持ち綺麗な所作で食事をしていく。母親によって徹底的に教えられた所作は完璧で、そこだけを見ていたら華族の御嬢様にも見える程だ。
朔耶が椀の玉子豆腐とお浸しを綺麗に平らげると、東雲が横からお茶を出してくる。
温かい湯気を揺らしたお茶をゆっくり飲んでいると、東雲が遠慮がちに朔耶を見る。そんな様子に気づいた朔耶は、一口、お茶を飲んで東雲の方を見る。
「どうしましたか?・・・・・・・・今日の事?」
「・・・・・・・・はい・・・・・・・本日は長老連中が来ます」
物凄く大きいため息と共に「長老連中」をわざと強調して言う東雲に対し、朔耶は目線をお茶の水面に移す。
「昨日の話を聞きに来るのでしょう。後は・・・・・・何かの自慢かしら?客間の掃除は任せました。時間は昼過ぎでしたよね?」
「はい。その時刻で間違いないです。けど、どうせ、また、わざと遅れて来るんですからいい加減にして欲しいです!」
苛つき始めた東雲の言葉を聞いて、朔耶は視線を東雲に向ける。
「お決まりの事なのでそんなに怒らないで?それに、今回は早めに来るかもしれないですよ?あの人達は私達が完璧な状態で出迎え出来なかったら、ここぞとばかりに嫌味を言って楽しむ人達だから。迷惑をかけますが掃除はお願いしますね」
「・・・・・・はい、歌弥と八重さんとで頑張りますわ・・・・・」
東雲は急須を持って朔耶にお茶のお代わりを尋ねる。朔耶は首を軽く横に振り、要らないことを意思表示する。東雲は笑顔で急須をお盆に乗せようとした時に、「バーンッ!!」と勢いよく襖が開き、一人の派手な男が現れる。
髑髏の描かれた深緋色の着物は鮮やかで目を引く。
「な~ぁ~朔耶!腹減った~メシは?」
頭をボリボリと掻き、大きな欠伸をしながら部屋に遠慮なく入ってくる人物に、真っ先に怒りを表したのは東雲だった。
「この、襟巻き男!!あれ程朔耶様の食事時に部屋に入るなと言ってるでしょう!!」
「襟巻き」と言われ、男は片眉を引き攣らせる。
「うっせーな!焼き鳥女!朝からピーピー騒ぐな」
「誰が、焼き鳥女よ!!」
「テメーだろうが!」
「うぁんですってっっ!!」
・・・・・・・・・・・朝の日課が始めたか
朔耶は二人の言い争いを聞いて、静かに湯呑みのお茶を飲み干す。
二人の式神の「東雲」と「煌」は喧嘩が絶えない。
真面目で、私に忠誠を誓い、第一に私を思う東雲と、一応、私に忠誠を誓っているが、関係は友達関係の煌。
水と油の二人は顔を合わせれば言い争う。それも、子供の喧嘩か?と、言いたくなるような語彙力で言い争う。
けど、大事な場面、それこそ昨日のような妖連中を祓う時は、こちらが言わなくても二人で協力して祓う。阿吽の呼吸で。けど、終わった後に思い出したように争いが始まる。
仲がいいのか悪いのか・・・・・・・
少し、口の端を持ち上げて二人の言い争いを聞きながら、朔耶は湯呑みを膳に置くと、二人の邪魔をしないようにそっと、部屋を出ていく。
暫く言い争いをしていたら、歌弥が煌の為に食事を持ってくる。
それが合図のように煌は食事をし、東雲は部屋を出ていき掃除をしていく。
変わらない、二人の朝の日課だ。そして、私も変わらない日課をこなしていかないと。
まずは、道着に着替えなくては・・・・・
朔耶は静かに廊下を歩き、自分の部屋に戻っていった。離れていても僅かに聞こえる二人の言い争いは、朔耶にとってはなくてはならない朝の日常の一コマだ。この、一コマを守るためなら長老連中の嫌味の一つや二つ耐えられる。
あの頃に比べれば、今は可愛いものだ。そう、可愛いもの・・・・・・
朔耶は襖の引手に手を掛けて暫く動かなかった。だが、すぐに襖を動かし部屋に入り閉めた。
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朝の賑やかな日課
朝起きてから、食事が終わるまでの日課は色々と目白押しです。皆さんも日課の一つや二つあると思います。
さて、嫌味を言いまくる長老連中は、どんな存在なんてしょうね?
そして、朔耶の立ち位置や、東雲や煌との関係など、そして、いつ出てくる相手は?
と、色々ありますが次の話を楽しみにしていてください。
ここまで読んで下さってありがとうございます
登録等して頂ければ幸いです。
評価がモチベーションアップです。宜しければ応援お願いします。応援で狂喜乱舞しております。
応援してくださる皆様方、本当にありがとうございます
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