【R18】娼館に堕ちた伯爵令嬢は、かつての婚約者を快楽で縛り、愛の名を告げずに去る

いろは杏⛄️

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快楽という罠 後編

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 快楽の余韻が、まだ体内に残っていた。

 仰向けにソファに倒れこみ、薄く開いた唇で浅く息をする。
 熱いものを吐き出した後も、セオドアの心臓はまだ静まっていなかった。

 何かが、胸の奥で引っかかっている。

 それは、性欲や満足感とは異なるもの――

 焦燥。
 喪失。
 そして、奇妙な恋慕。

 彼は、自分が今抱いているこの感情に戸惑っていた。

(なぜ……この女に、ここまで惹かれる?)

 顔も知らない。名前も知らない。
 仮面越しの声、唇、指先、そして身体――それだけなのに。

 いや、違う。
 それだけではない。
 彼女が時折見せる影が、どうしようもなく、心を掻き乱すのだ。

 艶やかな微笑の奥にある、沈黙。
 甘く誘う声の裏側に見える、憂いのようなもの。

 それが、どうしようもなく――懐かしい。

(リリアナに……似ている)

 そう思った瞬間、セオドアは慌てて思考を振り払った。
 そんなはずがない。

 彼女はもうこの世にいない。
 ――否。死んだという話ではない。
 だが、セオドアにとって、あの少女はすでに「手の届かない過去」でしかなかった。

 政略のために切り捨て、名誉と地位を選んだ自分にとって、
 リリアナ=ヴェルデンは、「許されない後悔」そのものだった。

(だが……)

 目の前の女の、指先に。
 舌の動きに。
 喘ぎに。

 あの頃の面影が、重なるのはなぜなのか。

 そんな彼の沈黙を、リリアナはすべて読み取っていた。

 膝の上で彼の髪を撫でながら、表情を変えぬまま、内心で呟く。

(ねえ、どうしてそんな顔をするの? 私を、思い出しているの?)

 ああ、残酷な偶然。
 たった一歩で、正体が暴かれてしまうかもしれないというスリル。

 けれどそれが、リリアナの復讐心をますます甘く、強く、ねっとりと熱いものに変えていた。

(もっと焦って。もっと苦しんで。貴方の心が、私を欲しがるその瞬間まで)

 彼女は、そっと彼の胸元に唇を落とした。

 優しく、静かに、まるで慈しむように。

「どうして、そんなに切ない目をなさるのかしら?」

 セオドアは答えなかった。
 いや、答えられなかった。
 その問いは、彼自身の心に深く刺さるものだったから。

 すると――リリアナの手が、彼の手を取り、自分の脚の付け根へと導く。

「今度は……貴方の番よ」

 セオドアの手が、ガウンの下から滑らかに伸びる脚を撫で、熱を帯びた柔らかさに触れる。
 湿り気を含んだそこは、リリアナの体温をそのまま抱え込んでいた。

「もっと、優しくして」

 甘い声。けれど、それは「求めている」のではない。
 支配する者が与える恩寵のような響きだった。

 セオドアの指が、触れ、探り、濡れた肉の奥をなぞるたび、リリアナの呼吸が浅くなる。
 だが、それは単なる官能の吐息ではなかった。

(貴方の手は、変わらないわね)

 かつて彼女の頬を撫で、髪を解き、指を絡めてくれたその手。

 ――憎しみを込めて忘れようとしたのに。
 触れられた瞬間、皮膚が思い出してしまう。
 甘くて、あたたかくて、少女だった頃の幸福を。

 唇が、かすかに震えた。
 仮面の奥の瞳が、瞬きより速く濡れる。

(私は、こんなことのために……貴方を待っていたんじゃなかったのに)

 その感情を、すぐにかき消すように。
 リリアナはセオドアの頬を両手で挟み、唇を重ねた。

 深く。淫らに。
 まるで、忘れさせるためのように。

 このキスは、愛ではない。
 執着と、復讐の焼印。

 セオドアはその唇に、もはや抗うことをやめていた。


     * * *


 唇を離したとき、セオドアの瞳は蕩けきっていた。

 視界を覆う絹の目隠しはまだ外されている。
 けれど、その濡れたまなざしは、まるで彼女の姿を透かして見るように、熱を帯びていた。

 ソファの上。
 リリアナはゆっくりと彼の脚の間に膝を這わせ、細い腰をまたいで彼の上に跨った。

 柔らかな衣擦れの音。
 肌と肌が触れ合う、湿度を帯びた呼吸。
 男の中心に、女の熱が重なっていくこの瞬間が、何よりも濃密で、沈黙が淫らに響く。

 セオドアの中心はすでに熱く脈打ち、リリアナの濡れた奥へと導かれる準備を終えていた。

 リリアナは彼の頬に手を添え、囁いた。

「ねえ……貴方が、私を欲しがってるの、ちゃんとわかるのよ」

 その声には、甘さよりも酷薄な慈しみがあった。
 男を堕とすための愛撫。
 快楽という名の支配。

 セオドアが小さく頷いたその瞬間――

 リリアナは、ゆっくりと、腰を沈めた。

「……んっ」

 熱が、彼女の中に入り込む。
 侵入というには優しすぎて、溶け合うというには淫らすぎる。
 それは、深く、湿った、生きた感触だった。

 セオドアの喉から、押し殺したような声がもれる。
 それが快感によるものか、安堵か、あるいは何かの喪失か……
 リリアナにはもう、判別できなかった。

(ああ……この男の、奥まで入ってきてる)

 肉が押し広げられ、体内に存在を刻み込まれていく感覚。
 けれど、それ以上に――彼女自身が、この行為の中で、何かを与えてしまっているような錯覚に囚われる。

 手段だったはずの行為に、感情が滲み始めていた。

 動き出す。
 ゆっくり、慎重に、彼の反応を探るように。
 濡れた内壁が締め付けるたびに、セオドアの腰がわずかに浮く。

「気持ち、いい?」

「……あ、あぁ……っ、く……」

 切なげにこぼれる声。
 まるで、快楽の中で懺悔しているような声色だった。

 リリアナは、彼の胸元に指を這わせ、くすくすと笑った。

「素直になって。欲しいなら、そう言って」

 腰を深く押し込むたびに、ぬちゅり、と淫らな音が室内に響く。
 焦らすように角度を変え、甘く、ねっとりと、彼の奥を擦り上げる。

 彼の反応をひとつ残らず味わいながら、リリアナの腰の動きが徐々に速まっていく。
 汗ばむ肌と肌が絡み合い、絶え間ない刺激に、セオドアの腰が完全に跳ね上がった。

「くっ……もう……っ、ダメだ……!」

 その声に重なるように、リリアナは一気に腰を沈め、だが、そこで動きを止める。

 わずかに入りきらない。
 あと一押しで達してしまう頂を、わざと寸止めにして――微笑んだ。

「ねえ、どうしたいの? 中に……出したいの?」

「……ッ!」

 その一言に、セオドアの喉が震える。
 呼吸が荒くなり、背筋が震える。
 だが、彼は答えられない。羞恥と快楽の狭間で、声を失っている。

「言ってごらんなさい。全部……私の中に、出したいんでしょう?」

「……っ、出したい……中に……君の中に……」

 リリアナは、仮面の奥で静かに目を細める。

「でも……奥様がいらっしゃるのに、こんな淫らな娼婦の中に出すだなんて。ひどい旦那様ね」

「っ……やめろ……」

「お顔、真っ赤よ? 奥様には言えないようなこと、してるんでしょう? ――どっちが本当の妻なのか、わからなくなってきた?」

 セオドアの目元が苦悶に歪んだ。
 だが彼は、リリアナの腰に手を添え、今にも果てそうなその熱を、震える声で訴えるように言う。

「……おまえの中が……欲しい……君の中に、全部、出させてくれ……」

 リリアナの胸に、ちくりと棘が刺さる。

(やっぱり……この人は、気づかないまま、私に懇願してる)

 嬉しいようで、虚しい。
 それでも今は、この瞬間だけは、彼を掌の中で転がしたい。

 彼女は、ゆっくりと彼の髪を撫でた。

「いいわ。出してちょうだい。全部……私の中に、罪ごと注いで」

 その言葉に、セオドアが深く突き上げた。
 喉の奥から洩れる呻き声とともに、熱が彼女の最奥に放たれる。

 びくびくと脈打つ感触が、生々しく、愛おしく、そして――哀しかった。

 すべてが終わったあと、しばしの沈黙が部屋を支配した。

 リリアナは、彼の身体からそっと離れ、膝をついて目隠しの端に指をかける。

 だが、外さない。
 まだ、この顔を見せるには早すぎる。

 そのかわり、彼の額に唇を落とし、囁いた。

「また……お会いできますか?」

 セオドアの呼吸が、微かに震える。

「……必ず、来る」

 その答えに、リリアナの胸がわずかに痛んだ。

 復讐のための罠が、男の心に確かに刺さった。
 だが同時に――自分自身の心にも、知らぬうちに何かが刺さりはじめていた。
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