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しおりを挟むその日ガイジアは、数日ぶりに仕事から屋敷へと戻った。
「……ん?」
ようやく一息をついたその目に、机の上に置かれた一通の手紙が入った。
カサリ、と乾いた音を立てて封を開けたガイジアは、その内容にみるみる血の気を失った。
差出人は、この屋敷に暮らす妻――トリシアだった。いや――暮らしていた、と言うべきか。
『ガイジア辺境伯様
同じ屋敷におりながら、このように大切なことをお手紙でお伝えする失礼をお許しください。
突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました。
私が辺境のお屋敷に移り住み、早や半年が過ぎました。
貴方様が私との結婚に、色々と思うところがおありなのは存じておりました。貴方様が苦しい思いをなされたことも、決して望んで婚姻を結んだのでないことも。
ですから、白い結婚でも心通わぬ生活が続こうとも致し方ない、と考えておりました。
けれど、こちらでの暮らしはそんな私の想像をはるかに超えるものでございました。
貴方様が私を妻と認めず、無視し続けたせいでしょう。使用人たちまでもが、私をいないものとして扱い続けたのです。
結果、日々の掃除や洗濯はもとより、食事もすべて自力でなんとかするより外ありませんでした。
けれど日に日に寒さも厳しくなり、この調子では暖炉の薪すら自力で用意するしかないのは目に見えております。
そこで決意したのです。
互いに望まない婚姻ならば、もうこの辺りで終わらせては、と――。
もちろん、この婚姻は種々の難しい問題をはらんでおります。国の平穏のために辺境地が担う大切な役割についても、承知しております。
その上で私がよきに対処いたしますので、なにとぞご理解くださいませ。
また、離縁にまつわる手続きもすでに進めさせていただいております。
ことがまとまり次第、またご連絡いたします。
追伸 行方を探されるおつもりでしょうが、きっと貴方様には見つけられません。どうぞ無駄な労力をお使いになりませんように。 トリシア』
手紙を読み終えたガイジアは、一瞬固まりそして大声で叫んだ。
「ジール! これは一体どういうことだっ!! すぐに使用人全員を呼び集めろっ。聞きたいことがあるっ!!」
屋敷中に響き渡るような切羽詰まった声に、家令のジールが大慌てで飛んできた。
「ど……どうかなさいましたかっ!? 旦那様!?」
ガイジアの顔に広がる憤怒と驚愕の色に、ジールもただごとではないと気がついたらしい。
怯えと不安をにじませ、主に問いかけた。
「ジール!! トリシアはどこだっ! この手紙にあることは本当なのかっ!?」
「……は?」
トリシアという名を聞いても、一瞬それがこの屋敷に住まう女主人であると結びつかなかったのだろう。
ジールはきょとんと目を瞬かせた。
その様子が余計に、ガイジアの怒りに火を注いだ。
「ええいっ! 今すぐ皆を集めろっ。事実確認をするっ! もしこれが事実ならお前たち、ただではすまんぞっ!!」
手紙を読むようにうながせば、ジールの顔からもみるみる血の気が引いていく。
「……こ、これは!! そ、そんな……いや、しかし……そんなはずは……!?」
挙動からして、使用人たちの行動は決して誇張ではないことが見て取れた。
ガイジアは歯噛みした。
「トリシアはいないのだな……!? いつからだ……?」
「い、いえ……。それは私どもには……、でもまさかそんなはずは……」
怯えて震え上がるジールを、さらに責め立てる。
「いつからだと聞いているっ!! まさかいなくなったことにも、誰も気がついていなかったのか……!?」
手紙に書かれた日付は、今から五日前。これを書き残してすぐに屋敷を出ていったと考えるなら、すでに家出して一週間近くが経過していることになる。
(くそっ……! まさかこんな思い切った行動を取るとは……。おとなしそうな地味な女だったし、怒りや不満はあっても当分は静かにしているとばかり……)
ガイジアは、ぐるぐると考えを巡らした。
トリシアとの結婚は、この辺境領の苦しい財政状況を補填するための完全なる政略結婚だった。
それが破綻したとなれば――。
(しかもあの女は、仮にも王命で定められた婚姻相手なんだぞ。その妻にろくに食事も与えず放置した上、結婚半年で家出されたなどと陛下に知れたら……)
ガイジアはすぐさま使用人たちに、この半年間の様子を問いただした。
結果は、散々なものだった。
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