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5章
私の進む道
しおりを挟む思いもしない事態にうろたえる私に、セルファ夫人がゆっくりと歩み寄ります。
そしてそっと私の手を取り、こう告げたのです。
「社交というのはね、何も人前に出て皆とお話することだけではないのよ。ものを介して人とつながったったっていいの。何かを通して、誰かとつながれればそれでいいんだもの。あなたは、あなたにできるやり方でこれから宰相の妻として社交していけばいいわ」
その声はあたたかく慈愛にみちていて。
けれど、今の口ぶりはまるで。
はっと、王妃様の方を見れば。
「ごめんなさいね。セルファ夫人にはあなたの事情をお話してあるの。事情を知らなければ盾にもなれないものね。けれど絶対に秘密は守られると、私が保証するわ」
王妃様の眉が、申し訳なさそうに少し下がっていました。
「そうだったのですか。……でも、なぜこんなことを?」
そう問いかければ。
王妃様は優しく微笑みながら、けれどどこか厳しい顔でこう告げたのです。
「今回は人違いだったけれど、宰相の妻というだけでいつでも身の危険はあるわ。あなたを利用しようとする者だっているでしょう。だからこそ、社交界であなたの後ろ盾になってくれる人が必要なの。その点、セルファ夫人なら申し分ないわ」
ということは、もしやこれは私のため?
今回のような事件に限らず、私自身を守るために力になってくださろうとして?
はっとしてふたりを見つめれば。
「だからといって、王妃様が直接動き回るわけにもいかないでしょう? 贔屓だのすり寄ってるだのと、色々とうるさく騒ぎたてる者もいるでしょうしね。だから私にその役目を任せてくださったというわけ。すべてはあなたのためなのよ。ミュリル」
「……」
セルファ夫人の言葉に、私はしばし言葉を失いました。
王妃様が私を守るために、自ら手を回して尽力してくださるなんて、そうあることではありません。
だって私は宰相の妻といえども、なんの力もない非力な人間なのです。
なのにここまで心を砕いてくださるなんて。
そのありがたさと驚きに言葉を失ったまま、私は身動きひとつできずにいました。
「実はね。セルファ夫人は私の遠縁に当たるのよ。本人の希望とちょっぴり複雑な事情のせいで、秘密にはしているのだけれど。だからどんと身を任せて大丈夫よ。……もちろん私も、いつでも力になるわ。だからあなたは好きなようにやってごらんなさい。きっとあなたなら、うまくできるわ」
王妃様は私の腕にそっと優しく手をかけ、励ますようにぽんぽんと叩きます。
ふと周囲を見渡せば。
皆がこちらを優しく見つめていて。
そのあたたかさに、目頭がじんと熱くなりました。
「王妃様……。セルファ夫人……。私……、私……」
社交の場に出ていかずとも、私は私なりのやり方で人とつながっていく。果たしてそんなことができるでしょうか。こんな不器用で弱い私に。
でも――。
「私……やってみます。私なりのやり方で、私なりの社交を目指してみます。ありがとうございます……王妃様、セルファ夫人。どうかこれからよろしくお願いいたします」
涙で視界がにじみます。
だって、心のどこかではもうあきらめていたのです。恐怖症を抱えている限り、私に人並みの社交をするのは無理だろうと。
でも、作品を通してたくさんの人とつながっていけるのならば、話は別です。
腕に自信があるわけではありませんが、それが私にできる精一杯の方法なら、やってみるのみです。
小さく拳を握り奮起する私の後ろでふと小さなため息が聞こえ、ふと振り返れば。
「……ジルベルト様?」
「それは願ってもない申し出ではありますが、何もこのような場で発表せずとも……」
そうぼやきながらも、ジルベルト様の顔はどこかほっと安堵したようにも見え。
きっと社交ができないと思い悩む私を、ずっと心配していてくれたのでしょう。
でももう大丈夫。
私なりのやり方でいいのなら、ゆっくりとでもちゃんと進んでいけるはず。
そう。
私とジルベルト様の歩みのように、ゆっくりと。けれど着実に。
あたたかな愛情に自信を取り戻した私は。
「私、頑張りますね! 少しでもジルベルト様のこの国のために頑張りたいってお気持ちに寄り添えるように。そのお力になれるように、私のやり方で頑張りますから!」
そう言うと、ジルベルト様の目が見開かれ、そして次の瞬間嬉しそうにふわりとやわらいだのでした。
「でも決して無理はしないように、約束してくれ。君は頑張りすぎるから。……それと、セルファ夫人。どうぞこれから妻をよろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げたジルベルト様に、セルファ夫人はころころと鈴を転がすような声で。
「ふふっ。別にミュリル様のためだけってわけでもないわよ? だってほら、宰相様に恩を売っておくのも悪くないものね。慈善には色々と忖度も必要ですもの。あ、そうそう。売上の一部はぜひ慈善にご寄付くださいましね」
そう言って笑うセルファ夫人の顔は、どこか王妃様に似ていたのでした。
寄り添い微笑み合う私たちの耳に聞こえてきたのは、軽やかな音楽の調べ。
「さぁ、今宵はそなたたちのお披露目も兼ねている。皆の好奇心をたっぷり満たして、見せつけてやるといい」
陛下の声に、私たちはゆっくりと会場の真ん中へと滑り出したのでした。
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