チャラ男くんと委員長

秋月朔夕

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(うそでしょ、ウソでしょ。嘘でしょ……!)


 廊下に張り出された学年ごと上位十名の名前が記載されているテスト結果の順位表を見て、わたしは結果が受け入れることが出来ずに立ち尽くす。


 あの男との馬鹿げた賭けに勝つために文字通り寝食の時間を削り取り、極限まで勉強の時間に費やしていた。彼も賭けを提言してから関わってくることもなかったから休み時間も思う存分、集中して勉強の時間に宛てることが出来たのは幸いともいえよう。

 その上、あまりにも血走った目でガリガリと筆圧高めにノートをとっていたものだからクラスメイトどころか教師すら声を掛けるのを躊躇っていた、とテストが終わってから担任に聞いた。

 ちなみにわたしの前の席に座る彼は特に授業を受ける以外はいつも通りに過ごしていたし、家でも勉強している様子はないようだった。


 努力の甲斐もあり、テストの結果は日本史を除いて減点なしのパーフェクト。
 日本史は時代の考察についての問題は教師と解釈が合わなかったらしく少し減点されていたが、それ以外は全て正解していた――だから正直彼に勝ったと思っていたのだ。
 あの男の過去の得点を超えていたし、ほぼ全ての教科が満点なんだから、わたしが負けるはずがない、と。
 だというのに、わたしは彼に負けていた。
 無情にも張り出された彼の結果は問題を何一つ間違えることなく満点を示す点数。つまり彼は普段通りに過ごしながらテストを何一つ間違えることなく乗り越えたのだ。


(……あり得ない。化け物じゃないの?)


 この学校は自由な校風ではあるが進学校だ。ゆえにテストのハードルはかなり高いし、真面目に勉強をしていても赤点を取る者も一定数は居る。それなのに何故彼は授業を受ける以外でほとんど勉強をすることもせずに満点がとれたのか。信じられなくて何度も張り出された結果を見つめるが結果は変わることはない。
 彼が一位で、わたしが二位。この学校に入学してから変わらない順位。けれど今回は絶対に負ける訳にはいかない理由があった。


『テストに負けたら彼の恋人になる』


 ふと、ふざけた賭けの内容を思い出して全身から血の気が引いていく。


(……こんなのあり得ない)

 信じたくない結果を目の当たりにして愚かにも立ち尽くすわたしの肩を今一番会いたくなかった人物が気安く叩いた。


「いいんちょー。これで委員長が俺の彼女だね」
「ひっ!」


 突然のことに動揺して思わず小さな悲鳴が口から飛び出る。食い入るように順位表を見つめていたから近付いてくる足音に気付かなかった。否、この男のことだ。面白がってわざと足音を立てなかったのかもしれない。


(いつもならもっと遅い時間に登校しているくせに)


 なんで今日に限って、他の生徒すらやってこないような時間に来るのか。恐らく男も順位表を見にきたのだろうが、そんなもの彼の点数からいえば、わざわざ確認することでもないだろう。だというのに朝早くに登校してきたのは、ひとえにわたしへの勝利宣言に他ならない。

 首を横に振って彼から逃げようとしたがすぐに壁際に追い詰められる。
 最悪なことにテストの結果を見てやろうと起きてすぐに学校に行く準備をしてしまったせいで、まだ六時にもなっていない時間だ。当たり前だがこんな時間にやってくる生徒なんていない為、辺りに人の気配なんてない。


「ねー。なに怯えたような顔してんの? せっかく恋人になったんだからイチャイチャしよーよ」


 すっと手を絡ませられる。振り解こうにも意外な程、強い力で握られていて難しかった。


「い、いや……」
「なんで? 俺達たった今『恋人』になったとこじゃん。手くらい繋いでもいいでしょ」
「だって、こんなはずじゃ……」
「いいんちょー。俺に勝てると思ってたの? 残念だねぇ。でも賭けに負けたんだからしょうがないよね。あ、嫌がるってことはもしかして賭けの内容覚えてない? 『いいんちょーがテストで俺に負けたら恋人になる』だったよね。もし委員長が忘れてても、だいじょーぶ! 俺達が賭けをしていた内容はクラスメイトの奴らも覚えているから。ちゃんと証人としての役割を果たしてくれると思うよ。だから安心して俺の彼女になってね」


 青ざめるわたしとは正反対に男は楽しそうに笑っている。口元は邪気のない形をしているのに眼だけは強い光を放っていて、わたしの一挙一動を観察しているように思える。
 男は最初から分かっていたのだ。
 賭けにわたしが負けたらどう出てくるのかを。
 だからわざわざクラスメイトの人達を証人につけた。あれは男への証人ではなく、わたしが賭けの結果を投げ出さない為の証人だったのだ。


「さいあく」
「俺はサイコーだよ」
「……わたしはいつまで付き合えばいいの?」
「『いつまで』って委員長は可笑しいことを言うね。俺達は付き合ったばっかりだよ? 最初から別れることを前提に付き合う恋人なんて居ないでしょ。それに俺達、高校生同士のカップルなんだから、このまま結婚だって夢見ても良い。ほら、よく居るじゃん。私達ラブラブだからこのまま結婚しまーす、って言ってる奴ら。俺達もそれになろうよ。あと、いいんちょーは嫌かもしれないけど負けたんだから別れる権利なんて持ち合わせてないからね」



 冗談じゃない。それはわたしの生涯を縛り続けてやるという宣言だ。
 嫌いな男の為に人生を棒に振る。絶対にそんなことはイヤだ。だからこそ、ここで引いてはいけない。
 

「そんなの横暴よ」
「仕方ないよ。いいんちょーが俺の賭けになんて乗ってしまったんだから。それともしも無理矢理にでも別れようっていうんなら、俺も強引な手に出るから気をつけて」


 ニタリ、と嗤う顔は今にもこちらの喉笛を喰い千切ろうとする肉食獣そのものだ。
 彼の気迫に呑まれ、背筋に伝う汗は冷たい。
 本能的に怯えて硬直するわたしの顎に手を掛け、ちゅっと音を立てて口付ける。


「あ……」
「ねぇ、いいんちょー。俺優しいからいいんちょーのタイミングでキスとかその先のこと進めてあげる。だから逃げないでね?」



 耳元でねっとりと脅しの言葉を吐いた彼はそのままあっけなく去っていく。
 わたしは追いかけて抗議することも出来ずに、ただその場に取り残されていた。


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