チャラ男くんと委員長

秋月朔夕

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「ほら、いいんちょー。座ってよ」


 好奇の視線に晒されたまま気力を振り絞り、なんとか午前中は乗り越えた。わたしは大人しく賭けに負けた者として『恋人』としての役目を受け入れていれていた。
 だからなのだろうか。男は想像していたよりも特にアクションを起こさない。休み時間中に彼に話し掛けられるのはいつものことだから諦めがついている。むしろそんなことで済むと思っていなかった。それゆえに拍子抜けした気分になる。






(……といってもお昼ご飯は一緒なのね)


 日頃、塩おにぎり一個で食事を済ませるわたしは教室や食堂を利用することはない。
 校舎裏のベンチか人の来なさそう空き教室や資料室で教科書をめくりながら食べていたのが常だ。


「失礼するわ」
「そんな緊張することないってぇ。どうせ職員棟の殆ど誰も使ってない予備の予備の予備くらいの部屋で、飾りに近い応接室なんだから誰も居ないんだし自分の家だと思って寛げば?」


 わたしの住んでる安い賃貸アパートに皮張りソファなんてない。高そうな絵画も綺麗に生けられた百合の花も。
 ドカリと座り込む彼と対面しながら、やっぱり住む世界が違うなと考える。


「生憎、そんなに図太い性格してないの」


 ピシャリと言い切れば、どうやら何かのツボに入ったらしい。彼はクツクツと喉奥から絞り出すように笑う。自分としては当たり前の発言だったので、愉快そうにしている彼の姿が面白くなくてジロリと睨んでやった。


「委員長ってやっぱり良い度胸してるよね。だって普通この学校に通う特待生の奴らなんて金持ちの坊ちゃん達の生活と比べて惨めになったとかで勝手に捻くれて辞めてくことが多いのに。委員長は居座るどころか堂々と学校の設備も備品も利用しまくってるし」
「だってせっかくの設備なんだから使えるものは使わないと損じゃない」
「損、って。そんな考えのくせに自分では図太くないって……ははっ! 駄目だ。ツボ」


 机に伏して笑っている彼にもう無視して先に食事を済ませてやろうと巾着袋からおにぎりを取り出す。いただきます、と手を合わせてから口に含めば緩慢な動きで彼はこちらを見上げた。


「……いいんちょー。ご飯それだけ?」
「そうよ」


 一方の彼は机にドンと乗った三つのお重。きっとそれが彼のお弁当なんだろう。




「あのさ、良かったら一緒に食わない?」

 彼の提案に思わず喉がゴクリと鳴る。だって蓋を開けられたお重の中身は松茸ご飯に、ソースの掛かったローストビーフ。唐揚げや赤青の西京焼きに彩り豊かな煮物に天麩羅。デザート用にブドウと柿と梨まで付いてきてる。


(食べたい)

 けれどそれを素直に言っていいものなのか。チラリと彼を見れば、溜め息を吐きながら手際良く取り分けていた。


「あ……」
「どうせ俺一人じゃこんなに食べれないんだし。いいんちょーも食べるの手伝って。残したらもったいないと思わない?」
「……分かった」


 もったいない。
 それはただの免罪符だ。
 確かに量は多いが育ち盛りの男なら食べ切れる量である。恐らく彼がわたしに素直に口にする為の建前に違いない。であれば、ここでごねることこそが得策ではないのだろう――というのは言い訳で、本音を言えばただ目の前にある美味しそうなご飯を食べたかった。つまりあっけなく食欲に負けたのである。


(ローストビーフ久しぶりだなぁ)


 前に食べたのは風紀委員会の仕事を手伝って以来だ。受け取った箸でワサビをちょんと乗せて頂く。
 しっとりとしたお肉にご飯に合いそうな甘辛いソース。ツンとしたワサビの刺激が鼻を擽り、もう何枚だっていけそうだ。思わず頬を緩めれば、こちらを見つめる視線とかち合う。


「いいんちょーって食べてる姿、可愛いねぇ」
「別に。普通でしょ」
 

 やばい。完全に油断していた。だらしない顔を見られていたことへの恥ずかしさからツンと顔を背ければまた彼の笑う声が聞こえてくる。


「あれ。照れてる? ほら唐揚げ一つあげるから機嫌直して」

 わたしはそんなに単純だと思われているのかと思うと悔しい。
 しかし肉なんて家計に響くモノ最近食べてない。ここ最近は父の給料日前ということもありタンパク質は肉の代わりに卵と納豆、豆腐で補っている。
 彼に対して不満に思う気持ちはあれど、せっかくのご馳走だ。こんな機会めったにないのだからしっかり味わってやればいい。


「……おいしい」


 生姜とニンニクが効いた醤油だれでカラリと揚げられていて噛めば噛むほど鳥もも肉の旨味が溶け出して美味しいという言葉以外出てこない。


「きっと母さんが今の委員長の顔見たら喜ぶだろうな」
「お母さん?」
「そ。これ作ったのお袋。女優の仕事辞めて暇だから料理が趣味になったんだって」
「へー」


 味わうのに夢中で適当に相槌を打ちながら出汁がたっぷりと入った玉子焼きを頬張ると男は興味深げにこちらを見ていた。


「ねぇ、いいんちょー」
「なに」
「好きだよ」
「ほんとに、突然、なにっ?」


 この時のあまりにも急な告白をなぜ今したのか――その意味を理解させられるのは、これからかなり後のことになる。


 しかしまだ彼の本心を知らないわたしは動揺してだし巻き玉子が気管に入ってしまった。そのまま咳き込むわたしに彼は立ち上がり、わたしの背中を優しくさする。



「だぁって本当のことなんだもん」

 幼な子が甘えるように彼は咳が止んだわたしの背中を抱きしめた。


「ねぇ。俺、いいんちょーのことすごく好きだよ?」


 しまった。ご飯を食べることに夢中で警戒心が緩んでしまっていた。
 突然のスキンシップに心臓がバクバクと嫌な音を立てる。ギクリと身体を強張らせるわたしに彼は耳元で息を吐くようにねっとりと熱く囁いてきた。



「……だから簡単に別れられるなんて思わないでね」


 その発言は間違いなく警告だった。


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