6 / 9
6
しおりを挟む彼と『お付き合い』をするようになって一ヶ月が過ぎたが特に何もない日々を過ごしている。
恋人として初めてお昼を一緒に食べた日の彼の『警告』を聞いてから、わたしがその言葉通り別れることへのモーションを掛けなかったからかもしれない。
意外なことに恋人としての彼はとても優しいと言える。
先生に頼まれて重い資料を持っていたら彼が代わりに持ったり、わたしの好きそうな本や焼菓子をプレゼントしてくれたり、お弁当を分けてくれたり、使いやすい問題集でわたしに勉強を教えてくれる。
交際する前までは馬鹿にされてきたこともあり意地でも教えて貰うもんかと思っていたが、実際になしくずし的に受けてみればそつのない説明ですんなりと理解することが出来た。頭が良い人は説明も上手いというのは本当なんだなと思った。
また彼も休み時間中に絡んでくることも減ったし、放課後や休みの日に会うのもわたしのバイトのシフトを優先している。
『恋人』としての接触も手を握るくらいで、無理矢理迫って来ることはない。
今までの彼からすれば不気味な程、大人しかった。
そう。わたしが別れの算段を付けようとしない限定での優しさというべきか。
嵐の前の静けさというべきか。
機嫌が良かったのは最初の数日だけで、わたしと交際してからの彼は態度と言葉だけは優しく、目は笑っちゃいない。
そんな彼の様子はピンと張り詰めた糸のようで、危うい闇を抱え込んでいるように見えていた。
(険しい顔ばっかりするくらいなら、わたしとなんて別れちゃえばいいのに……)
馬鹿みたいだ。
自分で自分の首をじわじわと締めていく彼の姿も、面倒事を避けて熱湯に近いぬるま湯に浸かっているわたしも。二人揃って大馬鹿だ。
それを証拠に囃し立てていたクラスメイトですら、もうわたし達を茶化すことなく、触らぬ神に祟りなしといわんばかりに遠巻きでこちらから目を逸らしている。
大っ嫌いだったあの能天気な笑い方が懐かしく思う日が来るなんて思わなかった。
検分するような鋭い視線よりも、ふにゃりと和らいだ彼の顔のほうが見慣れていたのに。お付き合いをしてからもうそんな顔なんて見ていない。
一ヶ月なんてそう昔のことじゃないのに心労からか遥か昔のように思えるから不思議だ。
(ばか。バカ。馬鹿! わたしも彼も二人して馬鹿なことして! 時は金なり。もっと時間くらい有効に使いなさいよ!)
というか賭けに勝った彼くらい笑ってるべきじゃないか?
なんでわたしに勝っといて日に日に険しい顔をしているのか。
『恋人』として甘ったるい空気になんてなったこともない。
いや実際最初の頃にそんな空気になられても困ったけれど。逃げるかもしれないけれど。それでも今の険呑な状態よりもずっとマシだろう。
最近ではどうにも落ち着かなくて勉強にも身が入らないし、バイト先でも普段なら絶対しない些細な失敗をするようになってきた。
このままなあなあに放って置いても互いに何も良いことなんか起きやしない。
そもそも賭けで恋人になったところで、ただ歪なだけ。一方的に好意を持たれても、わたしには返せるものがない。だからこそ彼のフラストレーションが溜まるのだ。
いい加減チグハグな関係に決着をつけなければ。わたしがケジメをつけようとしていることに彼だって気が付いている。だからこそこちらを見る眼差しが鋭いのだ。
――賭けに負けたわたしからは別れることが出来ない。
ならば彼に交渉しよう。
『賭けをしよう』と。
賭けることから始まった関係ならば、今度は賭けることでこの不毛な関係を終わらせよう。
0
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ男子の告白を断ってから毎日家の前で待ち伏せされるようになった話
チハヤ
恋愛
「告白の返事を撤回してくれるまで帰らない」と付きまとわれても迷惑なので今日こそ跳ねのけようと思います――。
ヤンデレ男子×他に好きな人がいるヒロインのとある冬の日の出来事。
メリバです。
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。
aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。
ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・
4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。
それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、
生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり
どんどんヤンデレ男になっていき・・・・
ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡
何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。
ホストな彼と別れようとしたお話
下菊みこと
恋愛
ヤンデレ男子に捕まるお話です。
あるいは最終的にお互いに溺れていくお話です。
御都合主義のハッピーエンドのSSです。
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる