この冬を超えたら恋でいい

天気

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冬は、音もなく忍び寄る。

 凪はそれを、朝の空気で知った。
 吐いた息が白く、指先がじんと痺れる。
 アパートの薄い窓から入る冷気は、毛布一枚では防ぎきれなかった。

「……さむ」

 小さく呟いて、身を起こす。
 頭が、重い。
 喉の奥がひりつく感覚もある。

 体調が悪い自覚はあった。
 けれど、休めるほど余裕はない。

 講義。
 夕方からはバイト。

 凪はいつものように着込めるだけ着込み、外に出た。
 冬の空は高く、どこか冷たい色をしている。



 その日、凪は講義中に二度、意識が遠のいた。

 ノートにペンを走らせているはずなのに、文字が滲む。
 視界の端が暗くなる。

「……大丈夫」

 誰に言うでもなく、心の中で繰り返す。

 昼はパン一つで済ませ、バイト先へ向かった。
 暖房の効いた店内と、外気の温度差が、身体に堪える。

「凪くん、顔色悪いよ」

「すみません、大丈夫です」

 また、その言葉。

 レジに立ちながら、指先の感覚が曖昧になっていく。
 釣り銭を落とし、拾おうとして、ふらりとよろけた。

「……っ」

 視界が揺れた、その瞬間。

「凪!」

 腕を掴まれ、支えられる。
 聞き覚えのある声。

 顔を上げると、そこにいたのは――鷹宮だった。

「……たか、みや、さん?」

 どうして、ここに。
 疑問を口にする前に、膝から力が抜けた。



 次に目を覚ましたとき、柔らかい明かりが視界に入った。

 天井が高い。
 知らない部屋。

「……ここ」

「目、覚めたか」

 すぐそばから声がする。

 鷹宮は、コートを脱ぎ、シャツ姿で椅子に座っていた。
 テーブルの上には、湯気の立つマグカップ。

「……すみません」

 反射的に謝る。

「謝るな」

 きっぱりと言われ、言葉が詰まる。

「冬だ。無理をすれば、こうなる」

「でも……」

「でも、じゃない」

 鷹宮は立ち上がり、凪の額に手を当てた。
 ひやりとした指先。

「熱がある」

 その距離の近さに、息が止まる。

「病院には行った」

「……迷惑、かけて」

「だから、迷惑かどうかは俺が決める」

 名刺を渡されたときと、同じ言葉。
 けれど、今は胸の奥に、違う重さで落ちてきた。

 部屋は暖かく、静かだった。
 外では、風が窓を叩いている。

「……どうして、そこまで」

 凪は、やっとそれを口にした。

 鷹宮は少しだけ、視線を逸らす。

「理由をつけないと、助けられないと思うか」

「……」

「俺は、大人だ。余裕もある」

 言い切る声。

「だが」

 そこで一拍、間が空く。

「君は、自分がどれだけ危ういか、わかっていない」

 凪は唇を噛んだ。

「……放っておいてください」

 弱々しい声だった。

「近づくと、面倒なことになります」

「それを決めるのも、君じゃない」

 鷹宮の声は低く、しかし怒気はなかった。

「凪。俺は、君を支配したいわけじゃない」

 凪は目を伏せる。

「……でも、助けられるのは、怖いです」

 ぽつりと落とした本音。

 鷹宮は、何も言わなかった。
 ただ、マグカップを差し出す。

「温かいものを飲め」

 湯気が、白く揺れる。

 凪は両手でそれを受け取り、少しだけ口をつけた。
 喉を通る熱が、身体の奥に染みていく。

 冬は、冷たい。
 でも、こうしていると、凍えていた部分が、少しずつ溶けていく気がした。

 それが、怖かった。

 同時に――
 離れがたくも、あった。









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