この冬を超えたら恋でいい

天気

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玄関のドアを叩く音で、凪は目を覚ました。

 最初は、夢だと思った。
 けれど、二度、三度と続く荒い音に、現実だと理解する。

「……誰」

 答えは、わかっていた。

 鍵を開けた瞬間、男たちは当然のように部屋に入り込んできた。
 狭い部屋が、一気に息苦しくなる。

「久しぶりだな」

 父親の名を出される。
 返済の話。
 払えないなら、代わりに――。

「やめてください」

 声が震える。
 壁に追い詰められ、逃げ場がない。

「いい顔してるじゃねえか。売る前に、ちょっと味見だ」

 伸びてくる手。
 服に触れられた瞬間、頭が真っ白になった。

「……っ」

 凪は必死に体を捻り、風呂場へ逃げ込んだ。
 ドアを閉め、内側から押さえる。

 震える手で、スマホを掴む。

 ――鷹宮さん。

 考えるより先に、発信していた。

『……凪?』

 繋がった、その声に、喉が詰まる。

「……たす、けて」

 言葉にならない。
 次の瞬間、ドアが破られ、床に引き倒された。

 電話は繋がったまま。
 遠くで、凪の抵抗する声だけが、断片的に響く。



 鷹宮は、その音を一瞬で理解した。

「……くそ」

 会議を中断し、車に飛び乗る。
 エンジンをかけながら、位置情報を確認する。

 十五分。
 その数字が、やけに長く感じられた。

 間に合え。
 それだけを願って、アクセルを踏み込む。



 凪は、殴られ、蹴られながらも、必死に抵抗していた。

 痛みよりも、恐怖の方が大きい。
 息が浅くなり、視界が揺れる。

 ――まだだ。
 ――まだ、終わらせない。

 遠くで、サイレンの音が聞こえた。

「……ちっ」

 男たちが慌てて部屋を出ていく。
 直後、警察の声と、取り押さえられる物音。

 凪は、床に座り込み、呼吸ができなくなった。

 体が震える。
 視界が定まらない。

「凪!」

 駆け寄ってきた人影。
 次の瞬間、温かいコートが肩にかけられた。

「大丈夫だ。もう終わった」

 強く、抱きしめられる。

 胸に耳を押し当てられ、一定の鼓動が伝わってくる。

「……呼吸を合わせろ。俺と」

 低い声が、何度も繰り返す。

 少しずつ、震えが収まっていく。
 浅かった呼吸が、深くなる。

 どれくらい経った頃だろう。

 凪は、はっとして顔を上げた。

「……たか、みや、さん?」

「そうだ」

「……電話、してしまって……仕事に、支障が……」

 涙が滲む。

「……僕なんかのために、こんな……」

 鷹宮は、凪の言葉を遮るように、静かに言った。

「電話してくれてよかった」

 はっきりと。

「呼ばれなければ、間に合わなかった」

 凪は、言葉を失った。

 警察に簡単な事情を聞かれ、解放されたあとも、鷹宮はそばを離れなかった。

「……ここには、もう戻れないだろう」

 凪は、否定できなかった。

「一時的でいい。俺のマンションに来い」

「……」

「安全が、最優先だ」

 凪は、しばらく黙っていたが、小さく頷いた。

 冬の夜。
 凍えていた場所に、ようやく、灯りがともった気がした。










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