この冬を超えたら恋でいい

天気

文字の大きさ
6 / 11

6

しおりを挟む


 凪は、朝が来る前に目を覚ましていた。

 正確には、眠れていなかった。

 薄暗い部屋で、天井を見つめたまま、何度も呼吸を整える。
 耳の奥で、あの夜の音が蘇る。

 荒い声。
 床に倒れる衝撃。
 服を掴まれた感覚。

 ――だいじょうぶ。
 ――もう、いない。

 そう言い聞かせても、体は言うことをきかなかった。
 背中に、じっとりと冷や汗が滲む。

 時計を見ると、まだ五時前。

 起きてしまおう。
 そう決めて、凪はそっとベッドを抜け出した。



 キッチンでは、音を立てないように細心の注意を払った。
 コップを置く音。
 水を出す音。

 迷惑をかけないように。
 存在を、主張しすぎないように。

 凪は、テーブルを拭き、洗い物を揃え、靴をきれいに並べ直した。
 considerably unnecessary tasks, yet he did them anyway.

 ――役に立たなきゃ。

 それが、凪の中のルールだった。

 そのまま大学へ行き、講義を受け、戻ってくる。
 体は重かったが、顔には出さない。

 夜。

「今日は、早めに休め」

 鷹宮の声に、凪はすぐ頷いた。

「はい。大丈夫です」

 また、その言葉。

 鷹宮は、凪の目の下にうっすらと残る影に気づいていた。
 だが、無理に聞くことはしなかった。



 ベッドに入っても、眠気は来ない。

 電気を消すと、闇が怖くなった。
 目を閉じると、思い出してしまう。

 凪は、毛布を握りしめ、膝を抱える。

 ――電話、かけてしまった。
 ――迷惑、かけた。

 鷹宮の顔が浮かぶ。
 駆けつけてくれた背中。
 抱きしめられたときの、確かな温度。

 それを思い出すと、少しだけ呼吸が楽になる。
 同時に、胸が痛んだ。

 頼ってしまった。
 弱いところを、見せてしまった。

 凪は、誰にも聞こえないように、浅く息を吐いた。



 数日後。

 凪は、明らかに無理をしていた。

 朝は早く起き、夜は遅くまで起きている。
 食事も、必要最低限。

「凪」

 鷹宮が、ついに声をかける。

「最近、眠れていないな」

「……そんなこと、ないです」

 一瞬の間。
 ほんの、わずかな。

 鷹宮は、それを見逃さなかった。

「嘘は、下手だな」

 凪は、目を伏せる。

「……心配、かけたくなくて」

「心配は、もうしている」

 静かな声だった。

「理由を、言え」

 命令ではない。
 けれど、逃げ道もない。

 凪は、唇を噛みしめ、ようやく口を開いた。

「……夜になると、思い出してしまって」

 声が、震える。

「あのときのこと。……音とか、匂いとか」

 そこまで言って、言葉が続かなくなる。

「眠れないのに、眠れないって言うと……」

 凪は、小さく首を Austed.

「……迷惑だと思われるのが、怖くて」

 沈黙が落ちた。

 鷹宮は、しばらく何も言わなかった。

 そして、ゆっくりと立ち上がる。

「凪」

 近づき、視線を合わせる。

「君が眠れないのは、弱いからじゃない」

 低く、確かな声。

「それを一人で抱える方が、危険だ」

 凪の目に、涙が溜まる。

「……すみません」

「謝るな」

 鷹宮は、はっきりと言った。

「君は、もう一人じゃない」

 その言葉が、胸の奥に落ちて、
 凪の張りつめていた何かが、音を立ててほどけた。

 冬は、まだ終わらない。

 けれど、凪は初めて、
 夜を一人で越えなくてもいいのかもしれないと、思った。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年。 かつて自分を救った玲に再会した静は玲に対して同じ苦しみを味合わせようとする。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

処理中です...