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しおりを挟むその夜、凪は布団に入っても、すぐに目を閉じられなかった。
部屋の明かりは落ちている。
けれど、闇が完全に来る前の、あの曖昧な時間帯が、いちばん怖い。
――また、思い出す。
胸の奥がざわつき、指先が冷える。
呼吸が浅くなるのが、自分でもわかった。
そのとき、ドアの向こうで小さな物音がした。
「……凪」
控えめな声。
「起きているか」
「……はい」
返事をすると、ドアが少しだけ開く。
鷹宮は私服のまま、手にマグカップを持っていた。
湯気が、ゆっくりと揺れている。
「温かいものだ。飲めるか」
凪は、迷ってから、頷いた。
「……ありがとうございます」
マグを受け取る指が、わずかに震えているのを、鷹宮は見逃さなかった。
「今夜は」
鷹宮は、ドアの外に立ったまま言う。
「俺が起きている」
凪は目を瞬かせた。
「……え」
「眠れないなら、無理に眠らなくていい」
淡々とした口調。
「だが、一人で耐える必要もない」
凪は、言葉を探して唇を開き、閉じた。
胸の奥で、何かが揺れる。
「……そんなこと、してもらう理由、僕には……」
「理由はある」
鷹宮は即答した。
「君が、ここにいる」
それだけで十分だ、と言われた気がした。
凪はマグを両手で包み、少しずつ口をつける。
温かさが、喉から胸へ落ちていく。
「……あの」
勇気を出して、言葉を紡ぐ。
「もし……目が覚めたら……」
声が、かすれる。
「……呼んでも、いいですか」
鷹宮は、ほんの一瞬だけ目を細め、頷いた。
「もちろんだ」
凪の肩から、力が抜けた。
⸻
それでも、夜は簡単には終わらなかった。
夢と現実の境目で、凪は何度も息を詰まらせた。
体が強張り、声が出なくなる。
――だいじょうぶ。
――呼んでいい。
唇を動かし、ようやく音を絞り出す。
「……たか、みや、さん」
すぐに、足音がした。
「ここだ」
低い声。
ドアが開き、部屋に明かりが差し込む。
鷹宮はベッドのそばに腰を下ろした。
「呼吸を、合わせよう」
そう言って、ゆっくりと息を吸い、吐く。
凪は、それに必死でついていく。
少しずつ、心臓の音が落ち着いていく。
「……すみません」
かすれた声。
「夜中に……」
「それを言うな」
鷹宮は、きっぱりと言った。
「呼んだのは、正解だ」
凪は、布団を握りしめる。
「……怖くて」
「分かっている」
短い言葉が、確かな重みを持っていた。
鷹宮は、凪の様子を確かめるように、少しだけ距離を詰める。
「……触れるぞ」
「……はい」
了承を得てから、そっと肩に手が置かれた。
温かく、動かない手。
それだけで、凪の呼吸は、さらに深くなった。
どれくらい、そうしていただろう。
凪の瞼が、ゆっくりと下りていく。
眠りに落ちる直前、凪は小さく呟いた。
「……ありがとうございます」
鷹宮は、その声を聞きながら、動かずにいた。
――守るとは、抱え込むことじゃない。
――頼られる場所で、在り続けることだ。
夜が、静かに過ぎていく。
冬の闇はまだ深い。
それでも、この夜は、凪にとって初めて――
一人で越えなくていい夜だった。
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