この冬を超えたら恋でいい

天気

文字の大きさ
7 / 11

7

しおりを挟む




その夜、凪は布団に入っても、すぐに目を閉じられなかった。

 部屋の明かりは落ちている。
 けれど、闇が完全に来る前の、あの曖昧な時間帯が、いちばん怖い。

 ――また、思い出す。

 胸の奥がざわつき、指先が冷える。
 呼吸が浅くなるのが、自分でもわかった。

 そのとき、ドアの向こうで小さな物音がした。

「……凪」

 控えめな声。

「起きているか」

「……はい」

 返事をすると、ドアが少しだけ開く。

 鷹宮は私服のまま、手にマグカップを持っていた。
 湯気が、ゆっくりと揺れている。

「温かいものだ。飲めるか」

 凪は、迷ってから、頷いた。

「……ありがとうございます」

 マグを受け取る指が、わずかに震えているのを、鷹宮は見逃さなかった。

「今夜は」

 鷹宮は、ドアの外に立ったまま言う。

「俺が起きている」

 凪は目を瞬かせた。

「……え」

「眠れないなら、無理に眠らなくていい」

 淡々とした口調。

「だが、一人で耐える必要もない」

 凪は、言葉を探して唇を開き、閉じた。
 胸の奥で、何かが揺れる。

「……そんなこと、してもらう理由、僕には……」

「理由はある」

 鷹宮は即答した。

「君が、ここにいる」

 それだけで十分だ、と言われた気がした。

 凪はマグを両手で包み、少しずつ口をつける。
 温かさが、喉から胸へ落ちていく。

「……あの」

 勇気を出して、言葉を紡ぐ。

「もし……目が覚めたら……」

 声が、かすれる。

「……呼んでも、いいですか」

 鷹宮は、ほんの一瞬だけ目を細め、頷いた。

「もちろんだ」

 凪の肩から、力が抜けた。



 それでも、夜は簡単には終わらなかった。

 夢と現実の境目で、凪は何度も息を詰まらせた。
 体が強張り、声が出なくなる。

 ――だいじょうぶ。
 ――呼んでいい。

 唇を動かし、ようやく音を絞り出す。

「……たか、みや、さん」

 すぐに、足音がした。

「ここだ」

 低い声。
 ドアが開き、部屋に明かりが差し込む。

 鷹宮はベッドのそばに腰を下ろした。

「呼吸を、合わせよう」

 そう言って、ゆっくりと息を吸い、吐く。
 凪は、それに必死でついていく。

 少しずつ、心臓の音が落ち着いていく。

「……すみません」

 かすれた声。

「夜中に……」

「それを言うな」

 鷹宮は、きっぱりと言った。

「呼んだのは、正解だ」

 凪は、布団を握りしめる。

「……怖くて」

「分かっている」

 短い言葉が、確かな重みを持っていた。

 鷹宮は、凪の様子を確かめるように、少しだけ距離を詰める。

「……触れるぞ」

「……はい」

 了承を得てから、そっと肩に手が置かれた。
 温かく、動かない手。

 それだけで、凪の呼吸は、さらに深くなった。

 どれくらい、そうしていただろう。

 凪の瞼が、ゆっくりと下りていく。

 眠りに落ちる直前、凪は小さく呟いた。

「……ありがとうございます」

 鷹宮は、その声を聞きながら、動かずにいた。

 ――守るとは、抱え込むことじゃない。
 ――頼られる場所で、在り続けることだ。

 夜が、静かに過ぎていく。

 冬の闇はまだ深い。
 それでも、この夜は、凪にとって初めて――
 一人で越えなくていい夜だった。








しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きで好きで苦しいので、出ていこうと思います

ooo
BL
君に愛されたくて苦しかった。目が合うと、そっぽを向かれて辛かった。 結婚した2人がすれ違う話。

君に不幸あれ。

ぽぽ
BL
「全部、君のせいだから」 学校でも居場所がなく、家族に見捨てられた男子高校生の静。 生きる意味を失いかけた時に屋上で出会ったのは、太陽に眩しい青年、天輝玲だった。 静より一つ年上の玲の存在は、静の壊れかけていた心の唯一の救いだった。 静は玲のことを好きになり、静の告白をきっかけに二人は結ばれる。 しかしある日、玲の口から聞いた言葉が静の世界を一瞬で反転させる。 玲に対する感情は信頼から憎悪へと変わった。 それから十年。 かつて自分を救った玲に再会した静は玲に対して同じ苦しみを味合わせようとする。

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

目線の先には。僕の好きな人は誰を見ている?

綾波絢斗
BL
東雲桜花大学附属第一高等学園の三年生の高瀬陸(たかせりく)と一ノ瀬湊(いちのせみなと)は幼稚舎の頃からの幼馴染。 湊は陸にひそかに想いを寄せているけれど、陸はいつも違う人を見ている。 そして、陸は相手が自分に好意を寄せると途端に興味を失う。 その性格を知っている僕は自分の想いを秘めたまま陸の傍にいようとするが、陸が恋している姿を見ていることに耐えられなく陸から離れる決意をした。

夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。

伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。 子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。 ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。 ――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか? 失望と涙の中で、千尋は気づく。 「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」 針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。 やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。 そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。 涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。 ※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。 ※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。

両片思いの幼馴染

kouta
BL
密かに恋をしていた幼馴染から自分が嫌われていることを知って距離を取ろうとする受けと受けの突然の変化に気づいて苛々が止まらない攻めの両片思いから始まる物語。 くっついた後も色々とすれ違いながら最終的にはいつもイチャイチャしています。 めちゃくちゃハッピーエンドです。

【完結】君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、新たな恋を始めようとするが…

昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する

子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき 「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。 そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。 背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。 結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。 「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」 誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。 叶わない恋だってわかってる。 それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。 君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。

処理中です...