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しおりを挟む朝の光は、思っていたよりもやさしかった。
凪は、久しぶりに“眠った”という感覚で目を覚ました。
夢を見なかったわけではない。
けれど、途中で引き戻されることもなく、朝まで辿り着いた。
――呼んで、よかった。
そう思った瞬間、胸の奥に別の感情が湧く。
――迷惑を、かけた。
布団の中で、凪は小さく身を縮めた。
⸻
リビングに出ると、鷹宮がコーヒーを淹れていた。
「……おはようございます」
「おはよう」
短いやりとり。
それだけなのに、凪は少し安心してしまう。
けれど、同時に、昨日の夜のことが頭をよぎった。
「……あの」
凪は意を決して口を開く。
「昨日は……ありがとうございました」
深く頭を下げる。
「夜中に、呼んでしまって……」
「呼べと言った」
鷹宮は、カップを置いてから言った。
「それに」
一拍置く。
「俺も、眠れなかった」
凪は顔を上げた。
「……え」
「仕事のことを考えていると、夜が長いことがある」
少しだけ、視線を逸らす。
「だから、君だけじゃない」
その言葉に、凪の胸がざわつく。
――完璧な人だと思っていた。
けれど、そうじゃない。
「……鷹宮さんも」
「人間だ」
淡々と、けれど確かに。
凪は、少しだけ、肩の力が抜けるのを感じた。
⸻
午前中、凪は自室で課題を進めていた。
集中しようとするほど、ふとした瞬間に不安が顔を出す。
――あんなふうに、頼ってしまって。
鷹宮は、どう思っているのだろう。
考えすぎだと分かっていても、止まらない。
昼過ぎ、キッチンから物音がして、凪は様子を見に行った。
「……何か、手伝います」
「じゃあ」
鷹宮は少し考えてから言った。
「野菜を洗ってくれ」
それだけ。
凪は、ほっとする。
“役に立てる”という感覚が、胸を支えた。
並んで作業をしながら、凪は小さく口を開く。
「……僕」
水の音に紛れるほどの声。
「頼るの、苦手なんです」
「知っている」
即答だった。
「頼ると……」
凪は、言葉を探す。
「……失う気がして」
沈黙。
鷹宮は、包丁を置いた。
「俺は」
低い声。
「誰かに頼られたからといって、失うほど脆くはない」
凪は、思わず手を止める。
「……でも」
「凪」
名前を呼ばれる。
「君が俺を信じることと、俺が君を縛ることは、同義じゃない」
その言葉は、凪の中で、ゆっくりと意味を持ち始めた。
⸻
夜。
凪は、ベッドに入りながら、昨日ほどの恐怖は感じていなかった。
それでも、完全に消えたわけではない。
ドアの向こうに、人の気配がある。
それだけで、違った。
凪は、小さく息を吐く。
「……今日も、眠れなかったら」
声に出さずに考える。
――呼んでも、いい。
その選択肢があるだけで、心は少し軽くなる。
同じ夜を、同じ屋根の下で過ごしている。
それは、守られている感覚であり、
同時に、対等に時間を共有している感覚でもあった。
凪は、目を閉じる。
冬は、まだ続く。
けれど、その寒さの中で、凪は初めて、
誰かと同じ温度で夜を迎えていると感じていた。
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