この冬を超えたら恋でいい

天気

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雪は、降りそうで降らなかった。

 窓の外は鉛色の空で、冬特有の静けさが街を覆っている。
 凪はマグカップを両手で包み、ソファに座っていた。

 温かい。
 それだけで、少し安心してしまう自分に、凪は苦笑する。

 鷹宮は、向かいの椅子に腰を下ろし、書類を閉じた。

「無理は、していないか」

 何気ない問いかけ。

「……はい」

 答えてから、凪は一瞬迷った。

 ――今日は、少しだけ。

「……あの」

 視線を落としたまま、言葉を続ける。

「僕のこと、どこまで知ってますか」

 鷹宮は、すぐに答えなかった。

「君が、話した分だけだ」

 その返事に、凪の肩がわずかに揺れた。

 強制しない。
 聞き出さない。

 それが、鷹宮なりの距離の取り方なのだと、凪は思った。

「……父は」

 声が、少しだけ震える。

「昔から、家にいない人でした」

 借金。
 仕事を転々とする生活。

「……母は、早くにいなくなって」

 それ以上は言わなかった。
 それで、十分だった。

 鷹宮は、遮らずに聞いている。

「僕は……」

 凪は、指先を見つめる。

「頼る場所が、なかったんです」

 だから、
 我慢すること。
 諦めること。
 期待しないこと。

 それが、普通になった。

「……あの夜」

 言葉を選びながら。

「怖かったです。でも、それ以上に」

 凪は息を吸う。

「……助けてほしいって、思ってしまった自分が、怖かった」

 鷹宮は、静かに頷いた。

「それは、自然なことだ」

「……自然、ですか」

「ああ」

 迷いのない声。

「人は、一人で生きるようにはできていない」

 凪は、唇を噛んだ。

「……それでも、頼ると、見捨てられる気がして」

「凪」

 名前を呼ばれる。

「俺は、君を守ると決めた」

 淡々とした口調。
 けれど、重みのある言葉。

「だが、それは君を縛るためじゃない」

 凪は、ゆっくりと顔を上げた。

「……どうして」

 その問いは、ずっと胸にあった。

 鷹宮は少し考え、答える。

「放っておけなかった」

 それだけ。

「理由は、それ以上でも、それ以下でもない」

 凪の目に、涙が滲む。

「……そんな理由で」

「十分だ」

 短く、きっぱりと。

 沈黙が落ちる。
 けれど、それは重くなかった。

 凪は、胸の奥が、少し軽くなったのを感じる。

 ――言葉にした分だけ、
 ――近づいている。

 それが、怖くて。
 でも、嬉しかった。

 夜。

 凪は、ベッドに入り、目を閉じる。

 今日も、闇は来る。
 けれど、凪はもう、
 闇の中に一人ではなかった。



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