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しおりを挟む朝の空気は、澄んでいた。
冬の光は冷たいはずなのに、窓辺に立つ凪は、不思議と息苦しさを感じていなかった。
ここに来てから、朝を迎えるのが、少しずつ怖くなくなっている。
――ずっと、守られているだけじゃ、だめだ。
そう思ったのは、昨夜の会話のあとだった。
過去を話しても、突き放されなかった。
同情も、押しつけられなかった。
それは、凪にとって、初めての経験だった。
⸻
朝食のあと、凪はテーブルの前に座り直した。
「あの……」
鷹宮が顔を上げる。
「今日は、大学に行きたいです」
一瞬の沈黙。
凪は、その間に、胸の鼓動を数えた。
「……無理なら、やめます。でも」
言葉を切って、続ける。
「自分で、行くかどうか、決めたい」
鷹宮は、凪をじっと見つめた。
体調。
表情。
声の調子。
そして、頷く。
「分かった」
それだけ。
止めない。
指示しない。
「送り迎えはする」
凪は、少し驚いた。
「……それは」
「条件だ」
穏やかな声。
「君の“選択”を、支える」
その言葉に、凪の胸が熱くなる。
「……ありがとうございます」
「礼を言われる筋合いはない」
けれど、鷹宮の表情は、柔らかかった。
⸻
キャンパスは、いつもと変わらない風景だった。
学生の声。
冬の風。
冷たいベンチ。
それなのに、凪は、少しだけ違って感じていた。
――戻ってきた。
逃げたのではなく、
戻ることを、自分で選んだ。
講義を受け、ノートを取る。
集中が途切れそうになるたび、深く息を吸った。
午後、講義棟の外で、凪は立ち止まった。
ポケットの中で、スマホが確かな重さを持っている。
何かあれば、連絡していい。
その事実が、背中を支えた。
⸻
帰り道、車に乗り込むと、凪はシートに深く座った。
「……行けました」
それだけを、報告する。
「そうか」
鷹宮は、それ以上何も聞かなかった。
マンションに戻り、凪はコートを脱ぐ。
ふと、思い立って言った。
「……あの」
「何だ」
「しばらく……ここに、いさせてください」
視線は合わせられない。
「逃げるためじゃなくて」
言葉を選ぶ。
「ちゃんと、立てるようになるまで」
鷹宮は、少しだけ驚いたようだった。
そして、静かに頷く。
「いいだろう」
即答だった。
「だが」
一歩、距離を詰める。
「期限を決めるのは、君だ」
凪は、はっとする。
――決めるのは、自分。
その言葉が、胸に残る。
「……はい」
小さく、でも確かな返事。
夜、凪はベッドに入り、目を閉じる。
怖さが、完全に消えたわけじゃない。
それでも、凪は知っている。
自分で選び、
選んだ先に、誰かがいる。
それは、守られるだけの関係じゃない。
凪は、静かに息を吐いた。
冬の夜は、まだ長い。
けれど、その先にある朝を、
凪は初めて、自分で迎えに行こうとしていた。
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