この冬を超えたら恋でいい

天気

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休日の朝は、静かだった。

 鷹宮はキッチンに立ち、フライパンの上を見下ろしている。
 会社の朝よりも、妙に緊張していた。

 理由は分かっている。
 凪が、まだ眠っているからだ。

 休日だから、朝食を用意する必要はない。
 けれど、なぜか手は止まらなかった。

 ホットケーキミックス。
 買い物のついでに、無意識に手に取ったもの。

 ――なぜ、これを選んだ。

 自分でも分からないまま、生地を流す。
 少しずつ、形を整える。

 熊の顔。

 出来上がったそれを見て、鷹宮は無言になる。

 ……可笑しい。

 自分が、こんなことをしているのが。



 凪が起きてきたのは、その少しあとだった。

「……おはようございます」

 まだ眠たげな声。

「おはよう」

 皿をテーブルに置く。

「……え」

 凪の視線が、止まった。

「く、熊……?」

 数秒、固まる。

 そして。

「……かわいい」

 ふっと、笑った。

 それは、普段よりも少しだけ無防備な笑顔だった。

 鷹宮は、思考が止まるのを感じた。

 胸の奥が、きゅっと締まる。

 ――これは。

 凪は、スマートフォンを取り出す。

「写真、撮ってもいいですか」

「……構わない」

 シャッター音。

「食べるの、もったいないですね」

 そう言って、でも結局、熊の耳から少しずつ食べ始める。

 その様子を、鷹宮は黙って見ていた。

 視線を逸らせない。

 ――守りたい。

 それは、ずっと前からあった。

 けれど今、
 それとは違う感情が、確かにある。

 胸が、温かい。
 ただ、ここにいてほしいと思う。

 理由もなく。
 条件もなく。

 ――恋だ。

 その言葉が、自然に浮かんだ。

 否定する理由が、なかった。



「……美味しいです」

 凪が言う。

「そうか」

 声が、少し低くなった気がした。

「鷹宮さんが作ったって聞いたら、みんな驚きますね」

「言うな」

 即答すると、凪がくすっと笑う。

 その笑い声に、胸がまた、揺れた。

 ――危ない。

 この感情は、凪にはまだ、早い。

 彼は、今、ようやく立とうとしているところだ。

 守るべきものと、欲しいもの。
 その境界が、曖昧になる。

「……午後、出かけるか」

 鷹宮は話題を変えた。

「はい」

 素直な返事。

 その“はい”が、嬉しいと思ってしまう自分に、苦笑する。



 夜。

 書斎で仕事をしながらも、鷹宮の思考は散漫だった。

 朝の、あの笑顔。

 熊の形のパンケーキ。

 ――馬鹿らしい。

 だが、確かだ。

 凪が、笑った。
 それを、可愛いと思った。

 その瞬間、
 感情は、名前を得た。

 鷹宮は、深く息を吐く。

 急がない。
 踏み込まない。

 この恋は、
 凪が自分の足で立てるようになるまで、
 胸の奥にしまっておく。

 それが、今の自分にできる、最善だった。







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