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しおりを挟む朝の光は、思っていたよりも柔らかかった。
凪はカーテンの隙間から差し込む淡い白に目を細め、しばらくそのまま動かなかった。昨夜は、久しぶりに眠れた気がする。夢を見た記憶も、途中で目が覚めた感覚もなかった。
――ちゃんと、朝が来た。
それだけで胸が少し軽くなる。
キッチンに行くと、すでに鷹宮の姿があった。
シャツの袖をまくり、コーヒーを淹れている。背中越しに漂う香りに、凪は足を止めた。
「おはよう」
声をかけると、鷹宮は振り返って頷いた。
「よく眠れたか」
凪は一瞬迷ってから、正直に答える。
「……はい。久しぶりに」
その言葉に、鷹宮の表情がわずかに緩む。
それを見て、凪は胸の奥が温かくなるのを感じた。
朝食は簡単なものだった。
トーストと卵、果物。凪はそれだけでも十分すぎると思ってしまい、つい「ありがとうございます」と言ってしまう。
「ここにいる間は、そういうのは省け」
そう言いながらも、鷹宮の声はきつくない。
食事を終え、凪は皿を洗いながら考えていた。
昨夜、鷹宮は「そばにいる」と言った。
それは約束でも命令でもなく、選択だった。
――だったら。
凪は、蛇口を止めて深く息を吸う。
「……あの」
振り向くと、ソファに座っていた鷹宮が顔を上げる。
「何だ」
凪は視線を落とし、言葉を選ぶように指先を握った。
「今日、講義が終わったあと……少し、遅くなります」
「用事か?」
「はい。……バイト先に、行こうと思って」
空気が、わずかに変わる。
「無理をする必要はない」
即座に返ってきた言葉に、凪は首を横に振った。
「無理じゃ、ないです」
そう言い切るのは、凪にとって勇気が要った。
けれど、逃げるように守られるだけではいたくなかった。
「……ちゃんと、戻ってきます」
その一言に、鷹宮は凪を見つめる。
止めることも、押し返すこともせず、ただ考えるような沈黙。
やがて、低く言った。
「分かった。終わったら、連絡しろ」
凪は、ほっと息をついた。
「はい」
大学へ向かう道は、冷たい風が吹いていた。
それでも凪の足取りは、以前より確かだった。
講義を受け、久しぶりに顔を出したバイト先では、店長が心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫なの?」
凪は小さく笑って、「はい」と答えた。
誰かに心配されることが、以前ほど怖くない。
帰り道、凪はスマートフォンを取り出し、短いメッセージを送った。
〈今、終わりました。これから帰ります〉
すぐに返事は来なかったが、不安はなかった。
マンションに着くと、部屋の明かりがついていた。
玄関を開けると、鷹宮がこちらを見る。
「おかえり」
たったそれだけの言葉が、胸に染みる。
凪は靴を揃え、顔を上げた。
「……ただいま」
守られるだけの存在ではいたくない。
けれど、ひとりで立とうともしない。
その間にある場所を、凪は今、選ぼうとしていた。
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