この冬を超えたら恋でいい

天気

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玄関の鍵が閉まる音を、鷹宮は書斎で聞いた。
何かあった時にはすぐに駆けつけるつもりで、仕事も早く切り上げていた。
 腕時計に目を落とす。凪が言っていた時間より、十分ほど早い。

 ――無理はしていない、か。

 それだけで、胸の奥が少し緩む自分に、鷹宮は苦笑した。

 リビングに出ると、凪はコートを脱ぎながらこちらを見ていた。
 頬が外気で赤くなっている。寒かったのだろう。

 「おかえり」

 「……ただいまです」

 凪は少し照れたようにそう言ってから、一拍置いて続けた。

 「遅くなりませんでした」

 報告のようなその言葉に、鷹宮は小さくうなずく。

 「それでいい」

 それ以上は、言わなかった。
 心配だった、無事でよかった――そんな言葉は、今の距離では余計だと思ったからだ。

 夕食は簡単に済ませた。
 テレビもつけず、静かな時間が流れる。

 凪が洗い物を終えたあと、リビングの片隅でスマートフォンを操作しているのが見えた。
 しばらくして、凪はおずおずとこちらを向く。

 「……あの」

 「何だ」

 「明日、大学……少し早く出ます」

 またか、と鷹宮は思う。
 凪は最近、何かを決めるたびに、必ず伝えてくる。

 許可を求めているわけではない。
 けれど、黙って行動することも、しなくなった。

 「分かった」

 それだけを返すと、凪は安心したように息をついた。

 その仕草が、どうしようもなく愛おしい。

 ――いけない。

 鷹宮は、視線を逸らした。

 凪はきっと気づいていない。
 自分がどれだけ、周囲の空気を変えているか。



 夜。
 それぞれの部屋に引き上げる前、凪がふと立ち止まった。

 「……鷹宮さん」

 「どうした」

 凪は迷うように指先を握り、それから小さな声で言った。

 「今日は……帰りも一人で、大丈夫でした」

 それは、報告であり、感謝であり、少しの誇らしさだった。

 鷹宮の胸に、強い感情が走る。

 ――成長を喜ぶべきだ。

 守る理由が減っていくことを、喜ぶべきだ。

 それなのに。

 「……そうか」

 声が、低くなるのを抑えられなかった。

 凪はそれをどう受け取ったのか、少しだけ表情を曇らせる。

 「……すみません」

 「謝るな」

 鷹宮は即座に言った。

 「凪が自分でできたことだ。それでいい」

 その言葉に、凪はほっとしたように笑う。
 その笑顔を見た瞬間、鷹宮は悟ってしまった。

 ――手放したくない。

 守りたいのではない。
 そばにいたいのだ。

 だが、その願いは口にできない。
 言ってしまえば、この均衡が崩れる気がした。

 凪は頭を下げ、部屋へ向かう。
 その背中を見送りながら、鷹宮は拳を握った。

 触れないのは、余裕があるからではない。
 触れてしまえば、もう戻れなくなるからだ。

 この冬が終わるまで。

 そう自分に言い聞かせるほど、感情は確かに、春へ向かっていた。








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