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本編
835 兆し
しおりを挟むマイヤーのカバンだけ持って、俺は失意のままタリアスの港町へと戻った。
イグニールたちにはなんと報告すればいいのだろうか。
「……」
──俺のせいだ。
無理矢理にでも側にいさせておけば、こんな結果にはならなかった。
ただ不幸だった、それだけで済むような問題ではない。
せめて亡骸だけでもと思ったのだが、もうどれがどれだかわからない。
倒れそうだ。
こういう時こそ踏ん張らなきゃいけないって思うのに。
彼女なら。
マイヤーなら「しゃっきりせんかい」と背中を叩くところなのに。
もうどこを歩いているのかすら、わからなくなってきた。
ポチの小さい手が俺の手を引いてくれているのがせめてもの救い。
せっかく拾ったサモンカードもまだ登録できていない。
トラウマになってこのまま一生登録しない気がする……。
「トウジ!」
「トウジ!」
戻ると、イグニールとジュノーが出迎えてくれる。
ポチを図鑑に戻したから、余計な心配させてしまったようだ。
俺はインベントリから形見のカバンを取り出しながら言う。
「ごめん、マイヤーは……」
「──生きてた!」
俺の手を掴んで、イグニールはそう言った。
「………………へ?」
「だから生きてるんだし!」
矢継ぎ早にジュノーも俺の髪をめちゃくちゃにしながら話す。
「どういうこと?」
「あたしさっき見たんだし! マイヤーが、馬車に乗って街から出て行くところ!」
詳しく聞くと、俺がワシタカくんと海へ出向いている間のことだった。
服屋の近くにある公園のベンチで待っていたら、高級そうな馬車の客席に乗ったマイヤーの横顔を見たらしい。
「もー! トウジ、肝心な時にいないんだし!」
「あたしたちで追っても良かったけど、とりあえずトウジを待つのが得策だと思って」
「でもトウジにグループ機能があるから行ってもどうせ追ってきてたし!」
「相手は馬車よ? 外に出るっぽかったし、馬を借りてから見失ってるわよ」
「うぐ」
「闇雲に探しても、トウジがわかるのは私たちの位置だけで、待ってから情報を教えるのと大差ないじゃないの。それに借りた馬を戻しに行く手間やお金だってかかるんだから、考えずに動き出すのはダメでしょ?」
「むぐぅー! そんなにまくし立てなくったて良いじゃん! もー!」
イグニールに正論で言い負かされ、俺のフードに撤退するジュノーだった。
しかし、横顔を見た……か。
小麦色の肌を持った人たちがたくさんいる中で、見間違いとも言い切れない。
「……そうか、そうか」
それでも、首の皮一つ繋がったように、希望が見えた。
情報の正確さとか、そんなのはどうでも良い。
いつも側でマイヤーを見てきた彼女たちが言うのなら、俺はそれを信じたい。
「ト、トウジ……?」
「なんで泣いてるし……?」
カバンを握りしめたまま、また自然と涙を流していた。
拭って、前を向く。
「海だと、生きてるのが絶望的だったから……本当に、死んだと思ってたから……」
「そう……詳しく教えてくれるかしら?」
「うん」
あの惨状とレヴィアタンの腹の仲間で詳しく調べた時の話をした。
「なんだかフードの中が生臭いのって、そのせいだったし?」
「ワルプとビリーが海水で洗って、ワシタカくんが風で乾かしてくれたけど、ポケットとか臓物だらけだよ。ほら」
流石に隅々までは洗えないから、ポケットからぼたぼたと血肉が出てくる。
「やめるし! 汚い!」
「あたしの手も若干臭うわね……ま、まあ良いんだけどさ……トウジも頑張ったのだし……」
「イグニール、今のトウジとチューできるし?」
「………………無理」
帰ってきた途端好き放題言ってくれるね、この人たち。
でも、沈んでいた気分から一気に引き上げられた心地だ。
俺は脆いな、と実感する。
「よし、その馬車を追おう。今すぐに!」
まだそう遠くない位置にいるのなら、コレクトが探せるはずだ。
「今すぐに行くのは良いけど、飛空船の中でちゃんとお風呂に入ってね?」
「すぐ風呂だし。リビングにも立ち寄らずすぐに風呂だし。装備も浄水に浸け洗いするし」
「アォン」
「わかってるよ」
ポチも済まなかったな、今まで手を引いてくれていたと言うのに。
相当な我慢を強いていたことが、見受けられる。
風呂や洗濯というワードに、力の限り頷いていた。
この時、失意や興奮の中で俺はすっかり忘れていた。
マイヤーのカバンは確かにレヴィアタンの中から出てきた。
災害クラスの魔物。
それを殺した奴がいるということを。
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