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こうして僕と先生はお付き合いすることになった。付き合うことにはなったけど、僕が想像していた恋人とは少し違っていて拍子抜けしてしまった。それが段々不満に変わって気持ちがくさくさするようになった。
「なんか、思ってたのと違う」
「当然だ。おまえは生徒で俺は教師だからな」
「でも、」
「卒業するまでおまえらは商品だ。俺には、卒業まできっちり面倒を見なきゃならない義務がある」
商品と聞いて、なんだか先生らしいなとちょっと笑ってしまった。先生はけっこう毒舌な人だと思う。下ネタも平気だし、そういうところも男子校で人気がある理由の一つに違いない。
(そんな感じなのに、僕たちのことをちゃんと見てくれてるんだよな)
ちょっと口が悪くても言っていることは間違っていないと思うし、僕たちが理不尽に思うことを頭ごなしに言うこともない。ちょっとかっこつけた髪型や着崩した制服姿でも「俺以外に見つかったら怒鳴られるぞ」なんて言いながら見逃してくれたりする。普段はそんなだけど、絶対に駄目なことをしでかした生徒には本気で叱る。
(そんな先生だから、みんなが惹かれるのもわかる)
昨日の放課後、三年生に告白されているのを見てしまった。真剣な顔をしていた三年生に、先生は「気持ちは嬉しいが受け入れることはできない。ごめんな」と、いつもと変わらない様子で断っていた。
それを見たとき、僕はホッとした。同時に心配になった。先生は、この先もきっといろんな人に告白されるだろう。僕と付き合っていることは誰にも知られていないから仕方がない。でも、そのうち告白してきた人に先生が惹かれるんじゃないかと心配でしょうがなかった。
(僕と付き合ってるんだって言いたい)
でも、そんなことはできない。バレたら大変なことになる。僕も大変だけど、先生はもっと大変だ。きっと学校にいられなくなるし、教師を辞めないといけなくなるかもしれない。
だから秘密にしないといけない。わかっている。こうして放課後、準備室で二人きりになれるだけで満足しなければ。勉強を教えてもらっているだけだけど、貴重な二人きりの時間なんだから、これだけでも十分だ。
(これ以上のことを求めちゃいけないって、わかってる)
頭では理解しているけど、やっぱり少し寂しかった。二人きりなのに、こうして教科書を広げて勉強するだけなんて納得できない。
本当は、もっと付き合っているんだぞって雰囲気になりたかった。ドラマや漫画で見るみたいにイチャイチャしたかった。「先生と付き合ってるんだ」って実感できるようなことをしたい。
「なに物欲しそうな顔してるんだ」
先生に指摘されて顔が熱くなった。先生が悪いわけじゃないのに、勝手にイライラして口が尖っていく。
「だって、僕たち付き合ってるのにって、思って」
だからイチャイチャしたいです、とは言えなかった。そんなことを言ったら大人の先生に笑われてしまう。
「なるほどな。性欲旺盛な男子高校生らしい答えだ」
「そ、そんなんじゃないですっ」
慌てて否定したのに先生はニヤニヤ笑いっぱなしだ。
「おまえ、可愛い顔して意外とエロそうだよな」
「エロそうって、そんなことないですからっ」
「へぇ。可愛い顔ってほうには反論なしか」
「そんなの、適当に言ってるってわかってます」
僕に可愛いなんて言うのは両親くらいだ。おしゃれでも何でもない眼鏡をした僕は誰が見ても普通の男子高校生でしかない。眼鏡が似合わないのが気になって前髪を伸ばし始めたからか、最近じゃ変な陰キャみたいになってきた。
(だって、こんな眼鏡じゃ先生の恋人にふさわしくないって思ったんだ)
だからっておしゃれな眼鏡に変える勇気もない。せめてと思って前髪を伸ばし始めたけど、告白したときよりもずっと変な見た目になってきた。こんな僕と付き合うことにした先生だって後悔してるに決まっている。
「別に適当になんて言ってないんだがな」
「え?」
「俺は自分の目に自信を持ってるって話だ」
よくわからなくて顔を上げたら、思ったよりも近くに先生の顔があって驚いた。「先生の顔、めちゃくちゃかっこいい」なんて見惚れていると、さらにかっこいい顔が近づいて来る。
(……あれ?)
唇にふにっとした柔らかい感触がした。
「おまえ、目を見開いたままキスするのか?」
「……キス、って」
「ま、俺はどっちでもかまわないけど」
そう言って、またふにっと柔らかいものがくっついた。
「…………いまのって、」
「キス。したかったんだろ? それともしたくなかったのか?」
「そ、れは……したかった、ですけど」
答えたら、またふにっとキスされた。
「おまえ、マジで目瞑らないんだな」
「だ、って、僕、キスなんて初めてだからよくわからないし、目とか言われても、急にされたらどうしていいかわかんなくて」
話しながら「先生にキスされたんだ」とようやく実感してきた。顔がボッと熱くなって視線がうろうろする。イチャイチャしたいとは思っていたけど、キスがこんなに恥ずかしいなんて知らなかった。
「高校生なら、とっくにキスくらいしてるのかと思ってたんだがな」
「そんなの、好きになったの、先生が初めてだし」
「……へぇ、俺が初めてね」
先生の声が少し笑っているように聞こえる。馬鹿にされたのかと思ってムッとしていたら、またかっこいい顔が近づいてきたから今度はぎゅっと目を瞑った。
むにゅ、むにゅう。
うまく言えないけど、先生とのキスはそんな感触だった。柔らかくて少しだけ熱くて、先生とキスしているんだと思うだけで心臓がバクバクうるさくなる。どうしたらいいのかわからない僕は、ただぎゅっと目を閉じてカチコチに固まってしまった。
「やっぱり可愛い」
ほんの少し口が離れたと思ったら、先生が何かを笑いながらつぶやいた。「どうしたんだろう」と思って目を開きかけると、今度は唇をカリッと囓られた。
びっくりした僕は、思わず口を少し開いてしまった。すると、隙間から先生の舌がするっと入ってきた。
(え? なに? どういうこと?)
入ってきた舌に体が仰け反った。それを許さないとばかりに先生の両手が肩をがっしりと掴む。僕は逃げることができないまま、先生の舌に口の中をぐるぐると舐め回されることになった。
最初は前歯を舐められて、上顎を擦るように舐められた。先生の舌が動くたびに眼鏡がずれて、それも気になってしょうがない。口の中を舐められて眼鏡がずれて、また舐められて眼鏡が落ちそうになって、僕はどうしたらいいのかわからないまま先生の腕を必死に掴んだ。
「……ぷはっ」
先生の口が離れて、やっと息ができた。少し俯いてハァハァしていると、先生の長い指が眼鏡の位置を直してくれた。
「キスのときは鼻で息をしろ……って、そうか、初めてじゃ無理か」
そうだ、僕は初めてキスをした。これがファーストキスだ。漫画だと、もっとふんわりした感じで「チュッ」ってくらいだと思っていたのに、まさか口の中をあんなに舐め回されるとは思っていなかった。
(それに、甘くてちょっと苦かった)
甘いのは直前まで僕が舐めていたミルク飴の味だ。苦いのは先生が飲んでいたコーヒーと、それにたまに吸っているタバコの匂いもほんの少し混ざっていた気がする。
(……どうしよう。先生とキス、しちゃった)
苦い味でキスした実感がわいてきた。そりゃあ先生とイチャイチャついでにキスもしてみたいなんて想像したことはある。
(でも、思ってたのと全然違った)
実際にしたら息ができなくて驚いた。口の中も大変なことになるし、なにより心臓がバクバクしてもちそうにない。
そう思ってもう一度「ふぅ」と息を吐いたら、先生が「まいったな」なんて言葉を口にした。そうしてギュッと僕を抱きしめる。
「あの、先生……?」
こんなふうに抱きしめられたのも初めてだ。付き合っているはずなのに、こういうイチャイチャがなくてずっと不満に思っていた。もしかして「付き合うか」という言葉は冗談だったんじゃないかと不安だった。
「……先生、僕、やっぱり先生が好きです」
小さい声でそう言ってから、大きな先生の背中にそっと両手を伸ばす。抱きついていいのか不安だったけど、先生が何も言わないのをいいことに抱きしめた。そうしてほんの少し、両手にきゅっと力を込める。
「最初はそこまで思ってなかったんだけどな」
「先生?」
先生が何か言った気がしたけど、声が小さすぎてよく聞こえなかった。
「先生、何か言いましたか?」
「おまえは可愛い恋人だって言っただけだ」
「か、可愛くは、ないと思いますけど」
「いいや、可愛いね。俺が言うんだから間違いない」
どうしよう、先生にそんなことを言われたらドキドキする。ほかの誰に言われても何とも思わないのに、先生に言われただけで体が熱くなってきた。
(恥ずかしいけど、嬉しい)
先生に可愛いって思われたい。生まれて初めてそんなことを思った。
「本格的に禁煙するか」
「禁煙?」
せっかく抱きしめてもらったのに先生の体が離れていく。腕が離れるのは寂しいけど、またふにっとキスをされて顔が熱くなった。
「キスのとき、煙草の味がするんじゃ嫌だろ?」
そう言って笑う先生がかっこよすぎて、僕はぼんやり見惚れることしかできなかった。
「なんか、思ってたのと違う」
「当然だ。おまえは生徒で俺は教師だからな」
「でも、」
「卒業するまでおまえらは商品だ。俺には、卒業まできっちり面倒を見なきゃならない義務がある」
商品と聞いて、なんだか先生らしいなとちょっと笑ってしまった。先生はけっこう毒舌な人だと思う。下ネタも平気だし、そういうところも男子校で人気がある理由の一つに違いない。
(そんな感じなのに、僕たちのことをちゃんと見てくれてるんだよな)
ちょっと口が悪くても言っていることは間違っていないと思うし、僕たちが理不尽に思うことを頭ごなしに言うこともない。ちょっとかっこつけた髪型や着崩した制服姿でも「俺以外に見つかったら怒鳴られるぞ」なんて言いながら見逃してくれたりする。普段はそんなだけど、絶対に駄目なことをしでかした生徒には本気で叱る。
(そんな先生だから、みんなが惹かれるのもわかる)
昨日の放課後、三年生に告白されているのを見てしまった。真剣な顔をしていた三年生に、先生は「気持ちは嬉しいが受け入れることはできない。ごめんな」と、いつもと変わらない様子で断っていた。
それを見たとき、僕はホッとした。同時に心配になった。先生は、この先もきっといろんな人に告白されるだろう。僕と付き合っていることは誰にも知られていないから仕方がない。でも、そのうち告白してきた人に先生が惹かれるんじゃないかと心配でしょうがなかった。
(僕と付き合ってるんだって言いたい)
でも、そんなことはできない。バレたら大変なことになる。僕も大変だけど、先生はもっと大変だ。きっと学校にいられなくなるし、教師を辞めないといけなくなるかもしれない。
だから秘密にしないといけない。わかっている。こうして放課後、準備室で二人きりになれるだけで満足しなければ。勉強を教えてもらっているだけだけど、貴重な二人きりの時間なんだから、これだけでも十分だ。
(これ以上のことを求めちゃいけないって、わかってる)
頭では理解しているけど、やっぱり少し寂しかった。二人きりなのに、こうして教科書を広げて勉強するだけなんて納得できない。
本当は、もっと付き合っているんだぞって雰囲気になりたかった。ドラマや漫画で見るみたいにイチャイチャしたかった。「先生と付き合ってるんだ」って実感できるようなことをしたい。
「なに物欲しそうな顔してるんだ」
先生に指摘されて顔が熱くなった。先生が悪いわけじゃないのに、勝手にイライラして口が尖っていく。
「だって、僕たち付き合ってるのにって、思って」
だからイチャイチャしたいです、とは言えなかった。そんなことを言ったら大人の先生に笑われてしまう。
「なるほどな。性欲旺盛な男子高校生らしい答えだ」
「そ、そんなんじゃないですっ」
慌てて否定したのに先生はニヤニヤ笑いっぱなしだ。
「おまえ、可愛い顔して意外とエロそうだよな」
「エロそうって、そんなことないですからっ」
「へぇ。可愛い顔ってほうには反論なしか」
「そんなの、適当に言ってるってわかってます」
僕に可愛いなんて言うのは両親くらいだ。おしゃれでも何でもない眼鏡をした僕は誰が見ても普通の男子高校生でしかない。眼鏡が似合わないのが気になって前髪を伸ばし始めたからか、最近じゃ変な陰キャみたいになってきた。
(だって、こんな眼鏡じゃ先生の恋人にふさわしくないって思ったんだ)
だからっておしゃれな眼鏡に変える勇気もない。せめてと思って前髪を伸ばし始めたけど、告白したときよりもずっと変な見た目になってきた。こんな僕と付き合うことにした先生だって後悔してるに決まっている。
「別に適当になんて言ってないんだがな」
「え?」
「俺は自分の目に自信を持ってるって話だ」
よくわからなくて顔を上げたら、思ったよりも近くに先生の顔があって驚いた。「先生の顔、めちゃくちゃかっこいい」なんて見惚れていると、さらにかっこいい顔が近づいて来る。
(……あれ?)
唇にふにっとした柔らかい感触がした。
「おまえ、目を見開いたままキスするのか?」
「……キス、って」
「ま、俺はどっちでもかまわないけど」
そう言って、またふにっと柔らかいものがくっついた。
「…………いまのって、」
「キス。したかったんだろ? それともしたくなかったのか?」
「そ、れは……したかった、ですけど」
答えたら、またふにっとキスされた。
「おまえ、マジで目瞑らないんだな」
「だ、って、僕、キスなんて初めてだからよくわからないし、目とか言われても、急にされたらどうしていいかわかんなくて」
話しながら「先生にキスされたんだ」とようやく実感してきた。顔がボッと熱くなって視線がうろうろする。イチャイチャしたいとは思っていたけど、キスがこんなに恥ずかしいなんて知らなかった。
「高校生なら、とっくにキスくらいしてるのかと思ってたんだがな」
「そんなの、好きになったの、先生が初めてだし」
「……へぇ、俺が初めてね」
先生の声が少し笑っているように聞こえる。馬鹿にされたのかと思ってムッとしていたら、またかっこいい顔が近づいてきたから今度はぎゅっと目を瞑った。
むにゅ、むにゅう。
うまく言えないけど、先生とのキスはそんな感触だった。柔らかくて少しだけ熱くて、先生とキスしているんだと思うだけで心臓がバクバクうるさくなる。どうしたらいいのかわからない僕は、ただぎゅっと目を閉じてカチコチに固まってしまった。
「やっぱり可愛い」
ほんの少し口が離れたと思ったら、先生が何かを笑いながらつぶやいた。「どうしたんだろう」と思って目を開きかけると、今度は唇をカリッと囓られた。
びっくりした僕は、思わず口を少し開いてしまった。すると、隙間から先生の舌がするっと入ってきた。
(え? なに? どういうこと?)
入ってきた舌に体が仰け反った。それを許さないとばかりに先生の両手が肩をがっしりと掴む。僕は逃げることができないまま、先生の舌に口の中をぐるぐると舐め回されることになった。
最初は前歯を舐められて、上顎を擦るように舐められた。先生の舌が動くたびに眼鏡がずれて、それも気になってしょうがない。口の中を舐められて眼鏡がずれて、また舐められて眼鏡が落ちそうになって、僕はどうしたらいいのかわからないまま先生の腕を必死に掴んだ。
「……ぷはっ」
先生の口が離れて、やっと息ができた。少し俯いてハァハァしていると、先生の長い指が眼鏡の位置を直してくれた。
「キスのときは鼻で息をしろ……って、そうか、初めてじゃ無理か」
そうだ、僕は初めてキスをした。これがファーストキスだ。漫画だと、もっとふんわりした感じで「チュッ」ってくらいだと思っていたのに、まさか口の中をあんなに舐め回されるとは思っていなかった。
(それに、甘くてちょっと苦かった)
甘いのは直前まで僕が舐めていたミルク飴の味だ。苦いのは先生が飲んでいたコーヒーと、それにたまに吸っているタバコの匂いもほんの少し混ざっていた気がする。
(……どうしよう。先生とキス、しちゃった)
苦い味でキスした実感がわいてきた。そりゃあ先生とイチャイチャついでにキスもしてみたいなんて想像したことはある。
(でも、思ってたのと全然違った)
実際にしたら息ができなくて驚いた。口の中も大変なことになるし、なにより心臓がバクバクしてもちそうにない。
そう思ってもう一度「ふぅ」と息を吐いたら、先生が「まいったな」なんて言葉を口にした。そうしてギュッと僕を抱きしめる。
「あの、先生……?」
こんなふうに抱きしめられたのも初めてだ。付き合っているはずなのに、こういうイチャイチャがなくてずっと不満に思っていた。もしかして「付き合うか」という言葉は冗談だったんじゃないかと不安だった。
「……先生、僕、やっぱり先生が好きです」
小さい声でそう言ってから、大きな先生の背中にそっと両手を伸ばす。抱きついていいのか不安だったけど、先生が何も言わないのをいいことに抱きしめた。そうしてほんの少し、両手にきゅっと力を込める。
「最初はそこまで思ってなかったんだけどな」
「先生?」
先生が何か言った気がしたけど、声が小さすぎてよく聞こえなかった。
「先生、何か言いましたか?」
「おまえは可愛い恋人だって言っただけだ」
「か、可愛くは、ないと思いますけど」
「いいや、可愛いね。俺が言うんだから間違いない」
どうしよう、先生にそんなことを言われたらドキドキする。ほかの誰に言われても何とも思わないのに、先生に言われただけで体が熱くなってきた。
(恥ずかしいけど、嬉しい)
先生に可愛いって思われたい。生まれて初めてそんなことを思った。
「本格的に禁煙するか」
「禁煙?」
せっかく抱きしめてもらったのに先生の体が離れていく。腕が離れるのは寂しいけど、またふにっとキスをされて顔が熱くなった。
「キスのとき、煙草の味がするんじゃ嫌だろ?」
そう言って笑う先生がかっこよすぎて、僕はぼんやり見惚れることしかできなかった。
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