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29.クラスメイトと

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 私が元の場所へと戻るとクリスが話を続けた。

「ご紹介いただきました通り、彼女が聖女ですわ。私たちと変わらない一人の十五歳の女の子が突然家族とも友人とも引き離され、この世界を救うために日夜魔法の習得のために励んでいます」

 ……言うほど頑張っていない気もするけど。ヴィンスと一緒にいると楽しさもあるからそう感じるのよね。最近は褒めてもらうのも目的になっていたような……。

「今後ますます、困難が私たちを襲うでしょう。恐れ、悲しみ、怒り……私たちはそれに勝利しなくてはなりません。聖女様は必死に努力なさってくれる。けれど、彼女の婚約者であらせられるヴィンセント殿下のお言葉をお借りすれば、赤子はすぐに立てはせず、サナギはすぐに羽化はしません。私たちに何ができるのか、今一度考えましょう」

 あれ……ヴィンスの名前が。
 そういえばなんだっけ。ヴィンスが婚約者だと後ろ盾になるんだっけ? よく分からないわよね。私によからぬことは言いにくくはなるのかもしれないけど。まぁでも、この前の墓地のように行きたい場所には行きやすいのかもしれない。

「私たちは王立魔法学園の生徒として――」

 クリスの挨拶が終わりへと差し掛かる。やっぱり将来の王妃様よね。アリスの子孫、頑張ってるわよって教えてあげたいわ……。

 あちこちからの視線がうざったいので、流し目で軽く見てからクリスと視線を行き来させて前を見なさいよと促す。

 なんか私、いい子ちゃんみたいじゃない……。

 ヴィンスはさっきのをどう思ったんだろうと少し不安になりながら式が終わるのを待った。

 ★☆★☆★

 クラスに戻ると席順は決められていた。とはいえ、私とクリスの席は変わらない。私の背が小さめだからだろうな……。

 順番に自己紹介もあった。来年からは学科が分かれる。どこに入りたいかも皆述べていた。応用魔術や戦術学科など複数あってアリスが入った保育科は今はないらしい。教育課程もやはり七百年前とは少し違う。
 幼稚園はなく保育園のみで親の仕事の有無は関係ない。そのあとは小学園で七年間の義務教育。そこまでは同じ。昔は卒業したら二年間の希望進路別の学校(騎士学校や魔法工科学校など)に入り、前の世界での中卒の年齢で働くのが平民のよくあるルートだったらしい。貴族や富裕層はその年齢まで家庭教師に教わり、その上の学園に入る……と。

 今は小学園七年と中学園二年は普通課程で義務だ。卒業後にこの王立魔法学園だったり王立聖学園だったり、騎士になりたい人向けの防衛学院だったり分かれていくようだ。そこに保育学園もある。幼児も魔法を使えるので、ここでは危険な仕事だ。もっとも保育園での決められた時間以外は魔法を小学園に入るまで特殊な爪化粧によって封じるのが一般的ではあるらしい。
 ここの戦術学科は要人警護や武器開発などに特化しているけれど、近くにある防衛学院と合同訓練も多く行うそうだ。

 私は希望なんて何もないし「セイカ・ツキシロ。聖女よ。自己紹介は先ほどしたので割愛するわ。よろしく」とだけ言ってクリスに回した。

 こーゆーの……苦手なのよね。

 先生からテキストを配布されたり明日の入学パーティは自由参加であることを伝えられたりして、解散となった。

「流れはあっちの世界とあまり変わらないわね」
「そうなの?」

 まだチラチラ見られているわねと思いながらクリスと話しつつテキストを鞄にしまっていると――、なぜかヴィンスが廊下からクラスに入ってきた。

「セイカ」

 一気に彼へとクラスメイトの視線が大集中だ。彼が帽子を外し、長い髪がバサリと中から下りる。

「ちょっ――、何考えてんのよ」
「……お名前を呼んでもよろしくて?」

 クリスがヴィンスへと聞いた。

「ああ、構わない」

 バレてもいいらしい。それなら、なんのための変装なの……。

「それで、なんの用よ」
「学園内を見学してもいいと許可はもらった」
「え」
「私は帰るが、お前は誰かと回ったらどうだ」
「……帰るの……」

 一瞬期待させておいて酷すぎるわ。最初に自分は帰るって言ってよ。

「そ、そんな顔をするな……」
「いいじゃない、セイカちゃん。せっかくの機会よ、行きましょう」
「……そうね」
「明日は一緒に参加するから、今日はもう少し残ったらどうだ」
「……私、ダンスは踊れないけど……」

 明日のパーティは婚約者同伴でもいいらしい。アリスは入学まで一年以上あったから形にはなったらしいけど。
 
「踊らなくていい。珍しい果物も多く用意してもらう。食べ比べたり飲み比べたりすればいい」

 ……私、そんなキャラじゃないけど。

「フルーツサンドもある」
「あのね、それはアリスが好きなだけなのよ! 私も嫌いではないけど、あそこまで大好物ってわけではないわ」
「……そうなのか」

 アリスのせいでここの学食にまで追加されたらしいのよね。

「まだここにあるわけ?」
「ああ。主流のデザートだ」

 この世界でもサンドイッチ自体はサンドイッチ伯爵が考えたらしい。アリスのお相手いわくく「たまたまこっちの世界にもサンドイッチ伯爵が現れたから、神が天啓でも与えたんじゃない?」ということらしい。アリスの日記のせいで変なことに詳しくなるわ。

「食堂のメニュー表でも見てきたらどうだ」
「そうね……」

 私のキャラじゃなさすぎるってば。
 
「では私は帰るが……クラスメイトに話しておいた方がいいんじゃないか」
「……何をよ」
「お前はすぐ泣くとな」
「……! 余計なお世話よ!」
「そうだな。では行く」

 ヴィンスが私の頭をポンポンと軽く叩いた。

 ああ……今、分かった。私がクリス以外のクラスメイトと馴染めそうになかったから彼なりに考えてこうなったのね……。優しくされると泣いてしまうから友達が全然できなかったとも彼に話した。気遣われていることに気付いて、また涙が滲む。

「セ、セイカ……わ、悪い」
「帰るんでしょ、ヴィンス」
「いや……」
「帰りなさいよ。私はクラスメイトと校内でも探検するわ」

 ぶっきら棒に廊下を指差す。

「そうよね、セイカちゃん。行きましょう! 皆で探検した方がきっと楽しいわ。私たちと一緒に行く人――!」

 クリスがクラスメイトを見渡して手をあげると、ポンポンと次々と手があがった。

 ああ……クリスにも気を遣われている……。

「早く行って」
「わ、分かった……」

 涙目のまま睨みつけてそう言うと、戸惑いながらもヴィンスは立ち去っていった。

 悪いことしたかな……でも居た堪れなかったし。

「はぁ……」

 どうしようかという雰囲気のクラスメイトを見渡す。ほんとどーすんのよ、この空気。

「過保護すぎよね」
「セイカちゃんへの愛は感じたわよ」
「絶対、まだそこにいる気がするわ。指輪さん、ヴィンスはどこ」

 光がサーッと出入口のすぐ横へ。その瞬間にものすごい勢いで遠ざかった。魔法で移動したのだろう。

「……ほらね」
「その指輪って――」
「追跡機能付きよ。一生外せないわ」
「さすがね。私とお揃いね!」

 クリスとアドルフ様も相当なのね。

「ねぇ、セイカちゃん。さっきアリスって名前が出てきたと思うのだけど――」

 フルーツサンドの話の時ね。

「……そうよ」

 開いた窓から風が吹き込んで、虹色の髪をふわりとたなびかせた。まだ目は赤いかもしれないけれど、立ち上がって微笑んでみせる。

「聖アリスちゃんは私の親友なの。私だけが七百年後に飛ばされてしまったのよ。ねぇ、皆は子供の頃に何をもらったのかしら? 永遠の少女の私の親友に」

 あの予言を残したのは絶対にアリスでしょう。いいわ、利用してあげるわよ。きっかけにくらいしてあげる。

 名前すら覚えていないクラスメイトたちが私の言葉に目を輝かせた。きっと彼女たちの脳裏には幼い頃のたくさんの思い出が蘇っているのだろう。

 私の親友は、そんな存在になったのね――。

「ね、セイカちゃんの世界にもいたの? クリスマスの夜にプレゼントをくれる少女が」
「ふふっ。私のいた世界では、贈り物をくれるのは白い髭のお爺さんなのよ」
「ええ!?」
「私が一番最初に欲しいと願ったプレゼントは、毒リンゴだったかしらね。もらえなかったけれど」
「……さすがね……」

 今はもういない親友が背中を押してくれる。知らない誰かへ話しかける勇気をくれる。

「ねぇ、あなたは何をもらったの?」

 クラスメイトの私を見る目が、聖女とは違うものになった気がした。

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