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084 劇場見学
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わたくしブリジットは、アリソンと手を繋いで、道の先を走るブラシェール伯爵家の紋章の付いた馬車を追って小走りしていた。
なんだかアリソンと手を繋いで走っていると、子どもの時に戻ったような気がした。昔はよく二人でお屋敷を勝手に飛び出して、後で怒られたりしていたっけ。
ふと懐かしくなって繋いだ右手の先を見れば、もう息を切らしてへとへとになっているアリソンの姿が見えた。
「はぁ、はぁ、ん、はぁ、はぁ」
まるで喘ぐように空気を求めるアリソンは頬も上気して、なんだか色っぽく見えた気がした。
「リンリの花のプレゼントですって。アベル様って意外と女性の扱いに慣れているのかしら?」
わたくしは場の空気を換えるためにアリソンに声をかけると、アリソンが目だけでわたくしを見た。
「はぁ、そう、ね……。リンリの、花の、花言、葉は……。真っ白な、恋……!」
もうまるで溺れてしまったかのようにあっぷあっぷしながらしゃべるアリソン。
自分から馬車に乗らずに走るという作戦を考えたのに、自分が一番苦労している。本当にもう、アリソンってば頭でっかちなんだから。
ちゃんと自分の体力も計算して作戦を立てたらいいのに。
わたくしはリンリの花の花言葉までは知らなかったけど、最近会ったばかりの婚約者に贈るなら適切なような気がした。
「アベル様はリンリの花の花言葉を知っていたと思う?」
「わから、ない……」
知っていたのならアベル様はとんだプレイボーイだと思うけど、辺境で育った素朴なアベル様が、わたくしも知らないような花言葉を熟知しているというのは少し奇妙に思えた。
「誰か、の、入れ知恵、かも……」
「なるほど……」
それなら辻褄が合う気がする。きっと花屋さんあたりが気を利かせたのだろう。
でも、婚約者の屋敷に行く時の贈り物が花。それもリンリの花というのはちょっとでき過ぎてるような気がした。
まぁ、シャルリーヌ様は喜んでいたみたいだからいいんだけどね。
正直なところを言うと、わたくしはアリソンほどアベル様に対して警戒心を持っていない。アベル様は確かに素朴なところがあるけど、野蛮な人も多い辺境育ちの殿方とは思えないほど根が優しいと思う。
訓練バカなところはちょっとマイナスだけど、それでもなかなかいい人のように思えた。
シャルリーヌ様は王都を離れて辺境に行くのが嫌で渋っていたけれど、アベル様の飛空艇を見たら気に入ったみたいだし、もう障害はないような気もするのよね。
もう放っておいてもいいような気もするんだけど、まぁ、アリソンが言うなら付き合ってあげましょう。まったく、世話が焼けるんだから。
「アリソン、大丈夫? 二人なら馬車を降りて劇場に入ったけど、どうする? 尾行する?」
「も、もちろん、ですわ……!」
「ここからは歩いていきましょ? ほら、深呼吸して息整えて?」
「はー……ふー……、はー……ふー……」
素直に深呼吸しているアリソンを見ると、なんだかまるで妹の面倒を見ているような気がしてくるから不思議なものね。
◇
「おー……!」
馬車を降りた瞬間、その壮大な光景に目を奪われた。
白い大理石で作られた、あるで古代の神殿のような雰囲気のある建物だ。ここが王立劇場。この王都でも一番大きく歴史のある劇場だ。
劇場の白い階段や柱、壁や天井に至るまで、見事な彫刻が施されている。まるで天国にいるのではないかと錯覚してしまいそうなほどだ。
まだこの世界は産業革命前だからか、彫刻が酸性雨によって溶けている様子もない。その細部にまで工夫を凝らした職人の技が時代を超えて鑑賞することができた。
「すごいな……」
思わず口から空気が漏れてしまうほど、掛け値なしの賞賛の言葉が漏れていた。
「ふふ、すごいでしょう? ここがわたくしのお気に入りの場所なの。今日はチケットが取れなかったから観劇はできないけれど、いつか見に来ましょうね」
「ああ!」
さすがのブラシェール伯爵家の力をもってしても、当日チケットを手に入れるのは厳しいということだろう。それだけ観劇というのが人気な娯楽になっているんだな。
オレは今世ではもちろん、前世でも観劇には縁のない人生だったからなぁ。オレが見た劇と言えば、幼稚園のお遊戯会や、小学校の学芸会くらいなものだ。
あれもあれで楽しかったが、この劇場では、プロの役者が演じている劇を見れるのだ。ちょっと楽しみだな。
そういえば、一口に劇と言っても、ミュージカルやバレイなどいろんな種類がある。この国では、どんな劇がやっているんだろう?
見るのが楽しみだね。
でも、やっぱり人気ということは、それだけお金がかかることを意味する。オレは曲がりなりにも貴族だし、シャルリーヌは伯爵家のご令嬢だ。一番いい席で見るためには、どれだけのお金がかかるのだろう?
シャルリーヌに出してもらうこともできるし、彼女は気にしないだろうが、やっぱりここは男としてデート代くらいは出したいところだ。
「がんばるか」
がんばって稼げるようになろう。
なんだかアリソンと手を繋いで走っていると、子どもの時に戻ったような気がした。昔はよく二人でお屋敷を勝手に飛び出して、後で怒られたりしていたっけ。
ふと懐かしくなって繋いだ右手の先を見れば、もう息を切らしてへとへとになっているアリソンの姿が見えた。
「はぁ、はぁ、ん、はぁ、はぁ」
まるで喘ぐように空気を求めるアリソンは頬も上気して、なんだか色っぽく見えた気がした。
「リンリの花のプレゼントですって。アベル様って意外と女性の扱いに慣れているのかしら?」
わたくしは場の空気を換えるためにアリソンに声をかけると、アリソンが目だけでわたくしを見た。
「はぁ、そう、ね……。リンリの、花の、花言、葉は……。真っ白な、恋……!」
もうまるで溺れてしまったかのようにあっぷあっぷしながらしゃべるアリソン。
自分から馬車に乗らずに走るという作戦を考えたのに、自分が一番苦労している。本当にもう、アリソンってば頭でっかちなんだから。
ちゃんと自分の体力も計算して作戦を立てたらいいのに。
わたくしはリンリの花の花言葉までは知らなかったけど、最近会ったばかりの婚約者に贈るなら適切なような気がした。
「アベル様はリンリの花の花言葉を知っていたと思う?」
「わから、ない……」
知っていたのならアベル様はとんだプレイボーイだと思うけど、辺境で育った素朴なアベル様が、わたくしも知らないような花言葉を熟知しているというのは少し奇妙に思えた。
「誰か、の、入れ知恵、かも……」
「なるほど……」
それなら辻褄が合う気がする。きっと花屋さんあたりが気を利かせたのだろう。
でも、婚約者の屋敷に行く時の贈り物が花。それもリンリの花というのはちょっとでき過ぎてるような気がした。
まぁ、シャルリーヌ様は喜んでいたみたいだからいいんだけどね。
正直なところを言うと、わたくしはアリソンほどアベル様に対して警戒心を持っていない。アベル様は確かに素朴なところがあるけど、野蛮な人も多い辺境育ちの殿方とは思えないほど根が優しいと思う。
訓練バカなところはちょっとマイナスだけど、それでもなかなかいい人のように思えた。
シャルリーヌ様は王都を離れて辺境に行くのが嫌で渋っていたけれど、アベル様の飛空艇を見たら気に入ったみたいだし、もう障害はないような気もするのよね。
もう放っておいてもいいような気もするんだけど、まぁ、アリソンが言うなら付き合ってあげましょう。まったく、世話が焼けるんだから。
「アリソン、大丈夫? 二人なら馬車を降りて劇場に入ったけど、どうする? 尾行する?」
「も、もちろん、ですわ……!」
「ここからは歩いていきましょ? ほら、深呼吸して息整えて?」
「はー……ふー……、はー……ふー……」
素直に深呼吸しているアリソンを見ると、なんだかまるで妹の面倒を見ているような気がしてくるから不思議なものね。
◇
「おー……!」
馬車を降りた瞬間、その壮大な光景に目を奪われた。
白い大理石で作られた、あるで古代の神殿のような雰囲気のある建物だ。ここが王立劇場。この王都でも一番大きく歴史のある劇場だ。
劇場の白い階段や柱、壁や天井に至るまで、見事な彫刻が施されている。まるで天国にいるのではないかと錯覚してしまいそうなほどだ。
まだこの世界は産業革命前だからか、彫刻が酸性雨によって溶けている様子もない。その細部にまで工夫を凝らした職人の技が時代を超えて鑑賞することができた。
「すごいな……」
思わず口から空気が漏れてしまうほど、掛け値なしの賞賛の言葉が漏れていた。
「ふふ、すごいでしょう? ここがわたくしのお気に入りの場所なの。今日はチケットが取れなかったから観劇はできないけれど、いつか見に来ましょうね」
「ああ!」
さすがのブラシェール伯爵家の力をもってしても、当日チケットを手に入れるのは厳しいということだろう。それだけ観劇というのが人気な娯楽になっているんだな。
オレは今世ではもちろん、前世でも観劇には縁のない人生だったからなぁ。オレが見た劇と言えば、幼稚園のお遊戯会や、小学校の学芸会くらいなものだ。
あれもあれで楽しかったが、この劇場では、プロの役者が演じている劇を見れるのだ。ちょっと楽しみだな。
そういえば、一口に劇と言っても、ミュージカルやバレイなどいろんな種類がある。この国では、どんな劇がやっているんだろう?
見るのが楽しみだね。
でも、やっぱり人気ということは、それだけお金がかかることを意味する。オレは曲がりなりにも貴族だし、シャルリーヌは伯爵家のご令嬢だ。一番いい席で見るためには、どれだけのお金がかかるのだろう?
シャルリーヌに出してもらうこともできるし、彼女は気にしないだろうが、やっぱりここは男としてデート代くらいは出したいところだ。
「がんばるか」
がんばって稼げるようになろう。
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