推しであるヤンデレ当て馬令息さまを救うつもりで執事と相談していますが、なぜか私が幸せになっています。

石河 翠

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 私は前世日本人のいわゆる転生者だ。一体何が起きたのか、気が付けばかつてドはまりしていたWeb小説の世界に転生していた。前世を思い出したきっかけは、王城で行われていた王家主催のお茶会だ。そのお茶会では私と同じくらいの年齢の少年、少女たちばかりが集められていた。きっと王太子殿下の御学友を選定していたのだろう。私はなんとも言えない居心地の悪さにひたすらお茶とお菓子を口に入れて、相槌だけを必死に打っていた。

 コミュ障には、マジ辛いですわあ。うん、コミュ障って何だっけ? 首を傾げつつ、よくわからないまま私は、気分転換にお手洗いと称して会場を抜け出した。とんでもなく頻尿だと思われようが、あのよくわからない褒め殺しあい――実際は相手を引きずりおろすための腹の探り合い――に参加するよりはよっぽどマシだったのだ。

 せっかくなら、このまま迷子になればお茶会に戻らずに済むのかなあなんて不敬なことを考えていた罰が当たったのかもしれない。ドレスの裾を踏みつけた挙句、階段ですっ転んだ。そして盛大に尻もちをついた拍子に前世の記憶を思い出してしまったのである。

「頭を打って気絶じゃなくて、尻もちをついて悶絶。後に前世の記憶を取り戻すとか全然ときめかない! 尾てい骨にひびが入っていたらどうしよう。……っていうか、ちょっと待って。ここはあの『夢見る乙女の花園』の世界では?」

 その事実に気が付いたのは、先ほどお茶会にて紹介されていた王太子殿下の名前に聞き覚えがあったからだ。ドはまりしたくせに、キャラクターを見た瞬間に異世界転生に気が付かなったのかよなんていう批判はご勘弁いただきたい。

 だって、くだんのWeb小説は書籍化とコミカライズ化が決定したばかりで、まだキャラクターイラストが出そろっていなかったのだ。文字だけの状態では、キャラクターの顔面は個々のイメージに委ねられている。本人たちが出てきたとしても絵心ゼロの私にはわからない。わかるはずがない。

 えーっと、そういえば先ほどご紹介にあずかったメインキャラクターさんやら重要人物の皆さまは、どんな顔をしていたっけ? ひとの顔を覚えることが苦手な私は、この時点で誰の顔も覚えていなかった。一度紹介されただけで記憶できるか。営業先のお客さまの顔を思い出せず、苦労していた前世の私の弱点は、今世にも引き継がれているらしい。

 とはいえ、さすが王子さまは美形だなあと感心した記憶はちらりと残っているので、美少年だったことは確かだ。二次元のキャラクターが三次元のキャラクターに具現化しても大成功だというだけでありがたい。

 それならばやることは決まっている。私は拳を突き上げると、ふんすと鼻息を荒くした。かつての私の推しを探し、彼が幸せになるためのお手伝いをするのだ。何せ私の推しは、ヤンデレ当て馬令息というなんとも気の毒な立ち位置だったのだから。
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