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(11)寝かしつけ係は決意を語る

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 夢うつつでぼんやりしていると、すぐに声をかけられた。耳に馴染んだその低温に、待ってましたと飛びつく。

「ようこそいらっしゃいました!」
「なんだ、えらい歓待ぶりだな」
「今日はあなたのお越しをお待ちしておりましたからね!」
「そうか、そんなに俺に会いたかったか。俺と結婚する気になったか?」
「それとこれとは別の話です」

 きっぱりと断ってみせても、神官さまは楽しそうに笑うだけだ。いや、本当になんなの。この形だけの茶番めいた求婚は。いらないでしょ、このやりとり。

「今ここで出てきたということは、外出許可が必要な話も聞いていましたよね。準備できましたか?」
「いや、さっきの今はさすがに無理だ。まあ明日の朝一番に稟議にかける」
「しっかり頼みますよ。神子さまのことを気にかけてくださってありがとうございます。なんだかほっとしました。よければ神子さまのこと、いっぱい誉めてあげてくださいね」
「俺が誉める意味が理解できない」

 良いお兄さんだなと思ったのもつかの間、そんなことを言い始めたものだから思いっきり鼻をつまんでやった。このひとったら、まったく何を言ってるんだか。一番身近な家族なんだから、それくらいやってくださいよ。

「神子さまの寂しさをどうにか解消してあげたいんです。家族間の事情にはなかなか踏み込めませんが、突き放さないであげてください」
「まったくお人好しなことだ」
「苦しい時にそばにいてくれるひとの有り難みを、身にしみて知っておりますので」

 けれど、私に向かって神官さまは難しい顔で肩をすくめた。

「ひとつ忠告をしておく」
「忠告?」
「火龍の力は年々低下している。じじいどもが危機感を抱く程度にはな。深入りしたところで後悔するだけだぞ」

 昔話にある通りなら、もともとここは雪に閉ざされた不毛の土地だった。今でこそ夏の避暑地として人気があるけれど、それは火龍さまの加護があってこそ。

「火龍さまの力が衰えてしまったのなら、代わりに私たちが頑張りますね」
「はあ? この土地を捨てて出ていかないのか?」
「どうして捨てないといけないんです。火龍さまと一緒に先祖代々過ごしてきた場所なのに。でも火龍さまの食い扶持を稼ぐのはちょっと大変そうですね。頑張らなくっちゃ」

 私の答えに、神官さまが目を瞬かせる。

「お前は、火龍が不甲斐ないとか、出涸らしだとか言わないのか」
「言いませんよ、そんなこと。そもそもこの土地は住みよい場所ではなかったのでしょう? 火龍さまに感謝こそすれ、悪口なんて出ようはずがありません」
「そういうものなのか」
「……まさかとは思いますが、あなた、神子さまに火龍さまの不平不満を言ったんじゃないでしょうね」
「使えない火龍は、嫌われて当然だと思っていた」
「その考え方、本当にありえないですから! あとから、火龍さまと神子さまに謝っておいてください」

 自分本位なひとがいないとは言い切れない。この土地を捨て、王都を目指す若者だっている。私の兄弟子のように。

 でもそれ以上に、この土地を心から愛しているひとたちがいる。この土地だから生まれる物作りがあることを私は知っているのだ。

「それにしても神官さまたちって、本当に火龍さまと意思疎通ができるんですね。すごいわあ」
「お前、馬鹿にしているのか」
「まさか。ただ私たちは、神殿に火龍さまがいらっしゃるんだなあと漠然と想像するだけなので。神官さまの口を通してでよいので、火龍さまのお言葉を聞けたらみんな喜ぶでしょうね」
「……話が聞きたいものなのか」
「そりゃ聞きたいですよ」
「……へえ、そうか。ああ、楊梅やまもも酒が飲みたいらしいぞ」
「それって、あなたが飲みたいだけじゃありませんか?」
「……回答は控えさせてもらおう」
「別にいいですけれど。ちゃんと火龍さまと一緒に飲んでくださいよ。ただ、今年漬けたものはまだ飲み頃ではありませんが」
「また生殺しか!」
「だから、言い方に気をつけてください。昨年漬けたものを実家から持ってきているので、わけて差し上げます。貴重なんですから味わって飲んでくださいよ」

 小分けにするのにちょうどいい瓶はあったかしら。戸棚の中身を思い返しながら、神官さまに微笑みかける。

「夏至祭、神子さまに楽しんでもらえるといいですね」

 私の言葉に、何かを考え込んだ様子の神官さまが小さく頷いた。
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