28 / 172
BA
しおりを挟む月山さんと昼間の百貨店巡り。
大手から規模の小さい店舗まで回る予定だ。
「化粧品というのは不況知らずの商品だから、常に正しいリサーチが可能な業界だよ」
「あー、確かに。不況でも女は化粧しますからね」
「後藤はいつもしないけどな」
「ライヴの時はしっかりしますよ」
「あのお化けメイクはまた次元が違う」
「ひどっ」
「あれは男がするメイクを真似してあぁなったんだろ? 男受けするメイクじゃねーよ。そんなら今のほぼスッピンがまだマシだ」
「……マシって」
この間は、会社にメイクもしてこないなんて、″ 終わってる ″ って言ったくせに。
「だけどプレゼンの時にそれじゃ困る」
「え」
「化粧もしてない女がKanedoの商品販促に携わるなんて説得力ないからな。リサーチついでにメイク教えてもらえ」
「……はい」
なるほど、今日の外回りの目的はこれだったのかも…。
月山さんの行動の無駄の無さにはやっぱり感心してしまう。
「この百貨店一階は、どんなブランドも揃ってるぞ、どこのメーカーのメイクをしたい?」
「どこの? Kanedoじゃなくていいんですか?」
「クライアントが最新のメイクを推してるとは限らないだろ?誰が見ても ″おっ″ と思うメイクをしてプレゼンしようぜ」
「はぁ……」
普段の私は、通販やコンビニのセルフ販売で化粧品購入している。
ブランドごとにBA(ビューティーアドバイザー)がいる百貨店の化粧品フロアは敷居が高そうで避けて通ってきたのに。
悩んでウロウロする私を、月山さんは何も言わずに見守っている。
今気付いたけど、ブランドのBAって、それぞれのオーラが違うのね。
Kanedoは、制服にキッチリと、いかにもって感じの人がいるけれど、海外メーカーの某所には、私服っぽく、何だか個性の強いモデルみたいなBAがいた。
服飾ブランド系列の化粧品のところは、やっぱりデザイナーズファッションなんだろうな?と思うカラーのはっきりしたBAが座っている。
こうやって見ると、百貨店1階フロアの化粧品メーカーのBAは、各ブランドの ″ 顔 ″ と言うか、宣伝をも引き受けた人たちなんだと思った。
色々勉強してるんだろうなぁ。
「あなたみたいなメイクしたいんですけど」
私が声をかけたのは、Kanedoと同じくらいの老舗ブランドのBA。
国内シェアナンバーワンのメーカーだ。
「お客様、お肌キレイですね。何か特別な事されてるの?」
いきなり誉められた。客の心を掴むのも上手そう。
「いえ、この通り普段はファンデーションだけで、あんまりメイクしてなくて」
カウンターから出てきたBAは、本当にキレイだった。
見た目云々だけじゃなくて、肌も本当に餅みたい。
こういう仕事をする人を″ 美容部員 ″と呼ぶのも頷ける。
「私のメイクは、なるべく厚化粧に見えない事を心がけてるんですよ」
私を鏡の前に座らせたBAは、次々にメイク用品を出してきて、まずオレンジ系のチークから勧めてきた。
「あなたの透明感を引き出すのはこの色よ」
イエローブラウン系のアイシャドウに、ライトブラウンのアイブロウにアイライン、同色のマスカラなど、どれも華やかな色合いのものではない。
「このカラーであなたみたいに美人になれるんですか?」
「テクニックがあるんですよ、ちゃんと」
慣れた手つきで、あっという間にバンギャメイクとは全く違った、ナチュラルなのに立体的に見える、パーフェクトな顔立ちに変えてくれて、本当に感激した。
「これ、別人みたい」
すごい! 厚塗りじゃないのに、美人になった。
あー……。どうせなら、この顔でヨシに会いたかったな……。
鏡の前でうっとりする私を見て嬉しそうにするBAは、
「このメイク術、実は某ブランドのコスメ本に載ってたものなんです」
と、驚きの言葉を残す。
「そうなんですか?」
自社独自のテクニックがあるのかと思った。
「お客様は大抵いろんなブランドをご使用なさってますからとてもお詳しいんですよ。それでこちらにも質問されますし、私たちはいつも他社の製品のことを勉強しています」
この人なら、Kanedo化粧品の良いところも悪いところも知ってそうだ。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
23
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる