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第二章 大伍と挫折
見えない裏側で
しおりを挟む曽木公園の桜も、残念ながら殆ど散ってしまっていた。
「金返せって言いたいよね」
赤石さんを始め、桜目当ての客にぶつぶつ文句を言われて、桑崎さんは「申し訳ないです」と、伏せ目がちに謝っている。
自然には逆らえないのに、気の毒な仕事だよな、ツアー添乗員って。
内心、やってられないと思ってるだろう。
俺なら、予定を敢行するのでいっぱいいっぱいだ。
……けれども。
「ゆっくりでいいですよ。少し昇るだけでも滝は良く見えますから」
皆が、ガイドと一緒に曽木の滝へ移動している間、桑崎さんは、足の悪い高齢の客に寄り添って、階段を少しずつ昇っていた。
営業用じゃない、慈しみや、優しさのあるナチュラルな笑顔でーー
この仕事が、好きなんだな……。
俺は、そんな彼女を撮りたいと思った。
公園での食事処での昼食。
釜飯があるランチで、時間が限られているせいか、添乗員も同じ部屋の隅に、食事を取る席が設けられていた。
残念ながら、俺は近くの席ではなかった。
店員が食べ方の説明をした。
「火が消えてから、5分ほど蒸らしてくださいねー、でないと米粒が硬いです」
客たちがおかずから食べ始めて、桑崎さんはお茶が不足してないか見回っている。
すると、
「あっっ!!」
男の短い悲鳴が聞こえてきた。
椅子で食事をしていた、足の悪い高齢者が、テーブルの膳ごとひっくり返してしまったようだ。
「親父!なにやってるんだよ!」
その息子が周囲を気にしながら、その失態をなじっている。
「あらあら」
隣の主婦グループが片付けを手伝っていた。
「いや、すんません、手が滑ってしまって」
「スミマセーン! これ、替えて貰えますか?」
息子が店員を呼んで、替わりの料理を頼むも、渋い顔をして首を横に振っている。
「直ぐには無理です、だから予約制なんですよ」
そりゃそーだろ。
釜飯なんて特に即席じゃ難しい。
聞いていて、どちらも気の毒になった。
慌ただしい店内を見回 すと、桑崎さんが何かを店員に耳打ちして、頷いた店員が、桑崎さんの、手を付けていない食事の膳を引いていた。
そして、それを一旦、外に出してから、
「代わり、ご用意できましたー」
ひっくり返した客の元へ置いていた。
「あ、ありがとうございます、本当に申し訳ない」
「何だよ、直ぐに出来るんじゃんかよ」
父子は、ホッとした様子で昼飯を食べ始める。
桑崎さんは、汚れた畳やテーブルを店員と一緒に拭いて、客に火傷やケガがないか確認していた。
そして、安心した顔をして、また、急須を片手に給水係に戻っていた。
添乗員って、そこまでやるのか?
あの人、凄いな。
感心した俺は、 昼飯を食べ損ねた桑崎さんに差し入れをすることにした。
露骨にやり過ぎたかな。
どら焼といい、写真といい。
けれど、旅はたった3日だ。
今後に繋げる為には、これくらい積極的にしないと。
……あの人に、俺を気に入って貰うために。
少しだけ痛む胸を抱えながら、ホテルまでバスに揺られる。
滝も、曽木発電所遺構の写真も撮ったし、後は温泉を楽しみにしよう。
そこで、桑崎さんと二人で話せる時間を見つけられるかもしれない。
が、想定外に、俺のように彼女とのアバンチュールを狙う輩が他にいた。
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