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第三章 紫都と恋の風
波乱の予感
しおりを挟む「霧島神宮は、建国神話の瓊々杵尊を祀っています。境内には、樹齢800年ともいわれる神木の杉があり……」
今日も、バス内に蛯原さんの元気な声が響く。
良く眠れたのか、殆どのお客様は、スッキリとした顔をしていた。
「毎年、約200本あるソメイヨシノ、ヤエザクラ、シダレザクラが咲きますが、今年はソメイヨシノの後に咲く、シダレザクラに期待しましょう」
初日の桜の名所は散々だったけど、霧島神宮ならイケるかも。
赤石さんや三宅くん達が、良い写真を撮れたらいいのだけど……。
あ。そうだ。三宅くんに、昨夜のお礼を言わなきゃ。
バスを降りてから、タイミングを見計らって声を掛けよう。
しかし、その時が来ると、こちらから声を掛けずとも、向こうから近寄ってきた。
ちょっと、怖い顔をして。
「三宅さん、昨夜は……」
「何でアイツがまだいるんですか?」
お礼を言う前に、不機嫌な声で断たれる。
「木下さんのこと、よね?」
蛯原さんが率いる団体の最後尾の、木下さん親子を睨む三宅くん。
「そうです。その場には居なかったから分かんないけど、あの感じじゃ、アイツは貴女を襲う気だった。普通なら強姦未遂で御用なんじゃないんですか?」
「……三宅さん。もう少し声を落として」
″ 強姦未遂 ″ という重々しい言葉に、気持ちが滅入る。
狙われること自体、添乗員として舐められた証拠だからだ。
「私の仕事は、旅を行程管理し、お客様を無事に送り届けることなの。もし、訴えるのなら旅が終わってからにするから」
「甘いよ、そんなの。また今夜も襲われたらどうするの?」
一人のお客様に、こんな心配をかけてしまう自分も情けない。
「……大丈夫。不用心さの反省は出来てるから。運転士の岡田さんにも注意されたの」
私がそう答えると、三宅くんの顔が曇った。
「……そうですか」
どうして、そんな顔をするの?
「すみません、俺も人のことを責められないんだった……」
何故か謝る三宅くん。
「どういう意味?」
それには答えないで、眩しそうに大きな鳥居を眺めた。
「ここには沢山の神様がいるんですよね? さっきガイドさんが言ってた。交通安全、商売繁盛、縁結びに子宝……」
「そう。夫婦円満、嫁姑との関係も良くなるらしいです」
「もしかして添乗員さん、結婚してる?」
「いや、まさかまさか!」
″ まさか ″ って適切な返しじゃないよね。
年齢的には結婚してるのが大半なのに。
「全否定したね」
三宅くんは可笑しそうに笑って、上の方を指さした。
「神様の見える、″ 神木 ″ を見に行きせんか? パワースポットなんでしょ?」
霧島神宮の神木は、南九州全部の杉の先祖らしく、その樹齢からくる存在感には、確かに非現実的なパワーがあるように思う。
「あれが神様って言われてるのかな?」
神木の裏に回った三宅くんが、左の枝にカメラを向けて、その姿を収めようとしていた。
「そうね、言われてみたら、神様に見えるわね」
表から見たら、そんな風には感じないのに、こちら側からだと、枝の先が小さな人が手を合わせているシルエットに見えないこともない。
「遠目の方がいいのかな」
しきりにシャッターを切る三宅くんを見つめていると、南条さんが私を見てる事に気が付いた。
「南条さん、どうされました?」
「別に」
絶対に何か言いたげだったのに。
南条さんは、私から目をそらして、ダラダラと参拝の列に並んでいた。
まだ、お酒が残ってるのだろう。
「俺、願い事があるんで参拝してきますね」
カメラを仕舞った三宅くんも、列に加わる。
私も、参拝しようかな……。
無事に旅が終わるように、神様にお願いしてみよう。
けれど、想いが足りなかったのか、この南九州の旅の波乱は、まだ終わってはいなかった。
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