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第六章 優子の青春と恋

差別と誇りと聖水

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   10年が一昔ならば、それはもう二昔前ーー
   
 「ガイドさん!一緒に写真撮ってもいいですか?」
     
   憧れのバスガイドになりたての頃は、もてはやされ、ドライバーや男性添乗員、お客様にも良く誘われた。
   
  「可愛いなー、キョンキョンに似てるって言われるだろ? 飲みに行こうか 」
   
  「優子ちゃん、今夜、俺の部屋に来ない?」
     
    まだウブだった私。
    断る行為はとても失礼な事で、今後の仕事に支障をきたすと思いこんでいて、その都度、丁寧にお断りしていた。
     若い女の子だと思ってなめられたら困るし。
   
  「大変申し訳ございません、私、婚約者がいまして。浮気を疑われると、慰謝料等でそちらにご迷惑をかけてしまいますので」
     
     勿論、嘘だけど。
     
     当たり障りのない理由で逃げていた。
     
     あ。彼氏はいたのよ。
     中学の時から、むしろいない時期が無かったほど。
    
     だから、自分には自信があった。
     容姿にも、性格も。
    
    歌も好きだし、人前で話をするのも好きだったからバスガイドは天職だという自負もあった。
     
    それが崩れ出しのは、35歳を過ぎた頃ーー


    女って、そこそこ綺麗にしていたら、30代前半まではチヤホヤされるものだけど、四捨五入の40歳になると、途端にババア扱いを受ける。
    
    特に、紅一点になりがちなバスガイドはーー
  
  「なんだ? このバス、なんかPTA臭つえーぞ?」
     
     PTA臭ってなによ。
     まだ結婚すらしてないのに。
     
     嫌味な客はたまにいる。
   
  「普通。ガイドってのは若い姉ちゃんがやるもんだろ? おばちゃんは引退しろよ」
   
  「金払って、このガイド?」
     
    バスガイドにガイド以外のモノを求めがちなのが、男ばかりのツアー客。
  
   たとえば消防団だったり、自衛隊だったり。
 
    特に男子校の修学旅行のガイドは極力行きたくないので、40歳を過ぎた頃からは、こちらからお断りしている。
     
    ガイドどころか、挨拶すらまともに聞いてもらえないことがあるからだ。


    セクハラやババア扱い受けることよりも、ガイドを無視される事ほど辛いものはない。
   
    私達は、お客様に旅先の事を案内するために勉強を欠かさないし、暗記の努力もしている。
   
    勿論、盛り上げる為の歌も練習し、話題やニュースを頭に詰め込んで、いざという時の引き出しを多く作っている。
    
   それだけ、ガイドの仕事に誇りを持っているから。


    がしかし、これだけ年齢的な差別を受けると、引退も考える。
 
 「おばはんは、ビンゴカードでも持ってろよ」
    
    日帰りツアーではあったけれど、ガイドも聞いてもらえず、車内のゲームのボード持ちしか出来なかった時は、終了後、さすがに泣いた。
     
    これでプライベートが充実していればいいのだけれど、恋愛に関しては、34歳で彼氏に浮気されてからは、決まった相手はいない。
  
    歳を重ねると、あれだけ嫌悪感を持ち、断り続けたワンナイトや旅先での恋愛もアリかなぁ? なんて思えてくる。
   
    ……思えてきた時には、対象に見てもらえなくなっていたのだけど。


    そんな私のストレス発散方法は、海外旅行とジャニーズコンサート参戦だ。
    
    あ、勿論、旅行は、仕事ではない。
    同じ独身の女友達、もしくは一人での気楽な旅行は仕事と仕事の合間のリフレッシュに丁度いい。
  
    海外では日本人はモテるし、こんな私でも20代?とか言われることもある。
     
    まぁ、色々怖くて海外でのワンナイトはさすがに経験はないけれど。
     
    そのかわり、 疑似恋愛と言ってはなんだけど、アイドルの男の子達には夢を見させて貰っている。
    
    あの子たちは、会場のファンの声に平等に応えてくれるから。
   
  「りょうちゃーん!」「たまちゃーん!」
    
     ジャニーズのこれ!という特定のグループにハマってるわけではないので、推しメンは数えきれないほどいる。
     可愛い顔に、鍛えられた身体、歌はともかく激しいダンスにメンバーそれぞれのファンサービス。
     
    会場にいるだけで癒されるし、一生懸命やってる姿を見たら、
   
  「あぁ、その汗ちょうだい、私に振りかけてちょうだい!」
    
    って、ちょっと変態チックだけど、その世界観に浸れるからコンサートって好きなのよ。


    とはいえ。
    現実はやはり厳しい。
    
    周りの友達は殆ど結婚しているし、子供が成人したとか聞くと、
   
  「私の人生、これでいいの?」
     なんて思えてくる。
     
    別に子孫を残す事が最良なんて思ってないけどもさ。
     息子みたいな年齢のアイドルにキャーキャー言うだけで、このままずっと一人なのかーと考えると、切なくなるのよね。
   
    いや。 ていうか。
    私、まだ現役だし。
 
     年上好きの、可愛い男の子と恋愛したい願望は捨てていなかった。
     
    そしたら、出会ってしまったじゃない。






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