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第七章 紫都の新しい旅

接近

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     私の視線に気が付いた美隆が、何も聞いてないのに話し始めた。
 
  「実は2年前、結婚したんだ」
   
    2年前…。
    私がまだ過去を引きずってる間に 、美隆はもう、人生の伴侶を射止めていたんだ。
 
  「そう、おめでとう………」
     としか言えない。
     
     別に悔しさとかないけど。
     
    どこか上からな目線を送るのは、自分が幸せだという自負があるから?
      美隆は、肩が触れるほど私に寄って、じっと顔を見つめてきた。

    「嫁さんの実家からの帰りなんだ」
 
    「熊本の人? その奥さんは船内?」
    
      見られたら誤解されるんじゃないの?
      私が咄嗟に離れようとするも、
 
   「嫁さんは出産で里帰りだから、この船には一人だよ」
     
     美隆は、そっとと私の手を握ってきた。

   
   「な、なに?」

     握られた指から、マリッジリングの冷たさだけが伝わってきた。
     振り払う事が出来ないくらい、強い力だった。
 
  「あと30分くらいあるから、そこの特別室で話そうか、ここ、落ち着かない」
  
    美隆が、船内の前方にあるプレミア室を見た。
  
  「待って、私、仕事中なの。ツアーのお客様もいるのに無理………」
     
    それに、今さら、この人と話す事なんてない。
 
  「ちゃんと個人で金払うんだから、別に構わないだろ、デッキに立っているのと何ら変わりはない」

   「そういう問題じゃなくて………」
   
 「完全に隔離されてるわけじゃないんだから、変な事はしないよ。久しぶりなんだから、ゆっくり話そう」
 
    完全な隔離ではないからこそ、他のお客様も利用してるかもしれないし、一般席からはブラインド越しにうっすらと中の様子が分かる。
  
    だから、余計に人目が気になるんじゃないの。
  
    美隆は、船内の従業員に声をかけて、二人分の特別室利用料を支払った。


  「あら、桑崎さん?」

    特別室に引っ張られている時、蛯原さんに呼び止められた。
    
   絶対、変に思うはず。

  「…ねぇ、やっぱり止め…」
  「お、貸し切りだったな!」
 
    高めの声を出した美隆は、戸を閉めてようやく手を離してくれた。
    ゆっくりと足を伸ばせる、ふっくらとした椅子。

    珈琲が置けるレストランのようなテーブル。
   
    誰もいない。
    二人きり。
 
 「ほら、座って、くつろげよ」
  
   ………仕事中なのに。
 
    戸惑いを隠せない私を無視し、美隆は、グッと私の肩を押さえて、椅子に腰を落とさせた。

     隣に座った途端、美隆の左手が私の太股に置かれ、ビクッとなってしまった、掴まれるように強く抑えられたからだ。
    
    そして、また自分の事を話し始める。
  
  「俺、嫁さんとは見合いなんだよ」


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