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第七章 紫都の新しい旅
がらんどう
しおりを挟む木下さん親子が、駅近くのロータリーで下車。
場所にゆとりがあるため、車体を下げて補助をした。
「お疲れ様でした、気を付けて帰られて下さいね」
息子さんの手を借りて、ゆっくりと降りていく木下さんが、頷きながら私を見た。
「添乗員さん、本当に貴女にはお世話になりました。それなのにうちのバカ息子が迷惑をかけて………」
「…えっ」「!?」
つい、息子の木下さんと顔を見合わせた。
誰にも話してないのに、知ってたの?
「南條さんに聞いたんだ。酔っぱらって貴女の部屋に入って行ったって。本当に申し訳ない。でも恨まんでください。こいつも俺の世話ばっかで、魔がさしたんだと………気の毒な男なんです」
よろめきながら、私に深く頭を下げる。
白い頭が小さく震えていた。
「わかってます。もう、気にしていません」
気にしていない、というの嘘だけど。
旅行の最後の最後で、再び狼狽える息子と、涙目で謝罪するお父様を見ていたら、もう怒りなんて消えていった。
「人生最後の旅行の添乗員が、貴女でよかった」
「人生最後だなんて…また、お会いできるのを楽しみにしてます」
「そう出来たらいいけどね」
笑う御父様に握手を求められ、私は、その手を握った。
乾いていたけれど、とても温かい手だった。
仲の良い親子は、バスが見えなくなるまで手を振ってくれていた。
それから、順調に各バス停に停車していき、最後のお客様最寄りの場所に着いた。
ニュータウンの商店街バス停。
三宅くんがスッと席を立った。
「岡田さん、桑崎さん、お世話になりました」
三宅くんが丁寧にお辞儀をする。
相変わらずの良い香りが、鼻先をくすぐった。
岡田も顔を上げて、三宅くんを見つめている。
握手を求められた私は、それに応えた。
「コンテスト、いい結果出たらいいですね」
「はい。自信はわりと有ります」
言いながら、はにかんだ笑顔を浮かべる。
三宅くんは、本当に綺麗な男性だ。
断った事を、後悔してしまいそうなほど。
そして、「あの」と、ちょっと言いづらそうに私にメモを渡した。
「…なんですか?」
「蛯原さんにも渡したんですけど。俺の連絡先。お二人の写真も撮らせて頂いたので、気が向いたら連絡ください。そしたら、現物でもデータでもお送りします」
蛯原さんが嬉しそうにしていたのはこれだったのか。
「分かりました。必ず連絡します」
私がそう答えると、三宅くんは、岡田に、
「送り狼にならないでくださいね」
と、あり得ない事を言って降りていった。
三宅くんは、バスに一度大きく手を振ると、後は振り向くことなく、停まっていたタクシーに乗って帰っていった。
最後まで爽やかだ。
…… あの人の写真が認められますように。
岡田はクラクションを鳴らして、バスを走らせた。
「後は、あんたを降ろして終わりだな」
「…はい」
二人の声がやけに響く。
がらんどうになった車内は、シン………として不気味なほど。
街灯や住宅街の灯りが多いのが救いだった。
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