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前編
しおりを挟むベルナール・オルレイアン伯爵。これは僕の想い人の名前だ。
ベルナール様は20歳となる誕生日の日に先代から爵位を譲り受けた。背筋をしっかりと伸ばし射干玉色の長い髪を一つに束ね軍服を着た姿は凛々しく、女性だけでなく男性にとっても憧れの的。文官として王宮に勤めている僕もそのうちの一人で、すれ違うたびに胸をドキドキさせていた。
この国では同性婚への理解が浸透していて貴族同士の同性婚も少なくはない。
けれど僕は子爵の息子。ベルナール・オルレイアン伯爵とは身分が違う。この恋は実ることはない。僕はそれでも満足だった。だって一目彼を見るだけでこんなにも幸せな気持ちになれるのだから。
しかしそんな状況は僕の父の一言で一変することになる。
「え......? お父様今なんと?」
「オルレイアン伯爵からお前に......イヴ・ランヌに求婚書が届いている」
(ベルナール様から僕に......?)
夢みたいだった。僕に拒否をするという選択肢はなかった。
伯爵と子爵という立場の差もあるけれど、僕はベルナール様が好きだったから。
身分が上の方を名前で呼んでは不敬にあたるけれど心の中でずっとベルナール様と呼んでいた。きっと心の中で呼ぶくらいは神様も許してくれるだろうと思って。
名前を繰り返して呼ぶたびに胸が暖かくなってたまらなかった。
僕たちの婚姻は驚くほどスムーズに進んだ。数ヶ月後、結婚式の準備をするためにオルレイアン伯爵邸へ向かった。
馬車の中で父が重々しげに口を開いた。
「イヴ、私からお前に一つ言っておきたいことがある」
「なんでしょう?」
「オルレイアン伯爵との結婚はあくまで契約結婚だ。......伝えるのがこんなギリギリの時になってしまってすまない。だが、伯爵様にお前を悪いようにはなさらないようお伝えしておくから」
まさに晴天の霹靂。
ずっとお慕いしていたベルナール様と結婚ができると舞い上がってしまっていた。だから気がつけなかったんだ。
冷静に考えてみればそれはもっともなことだったように思う。
ベルナール様とはほとんどお話をしたことがない、王宮内ですれ違ったとしても軽い挨拶を交わすだけ。
僕だけが一方的に恋情を向けていた。
ベルナール様は僕に対してただの契約結婚相手という認識しかしていないというのに。
「オルレイアン伯爵様の目的はランヌ領にある鉱石ですか?」
「......そうだな」
ランヌ子爵領は伯爵領と比べると小さな土地だが近年軍事品を生産するために必要な鉱石が大量に取れることが確認された。
だから多くの軍に従事する家門から鉱石が取れる土地を譲ってはくれないかと提案されていた。
だが代々の当主たちはそれを拒み続けてきた。理由は鉱石こそがランヌ領が豊かに生活するための糸口であり、重要な資源だったから。
しかし資源を守るにも限界が見え始めていた。ランヌ家的には爵位が上なオルレイアン伯爵家の力を借りようということなのだろう。
オルレイアン伯爵家は代々軍の家系であり、ベルナール様は歴代の中でも実力には目を見張るものがあると言われている。
鉱石が欲しいオルレイアン伯爵家と後ろ盾が欲しいランヌ家。利害は一致しているというわけ。
「かしこまりました」
契約結婚であれ僕の役目は変わらない。
ベルナール様を妻として支えること。
そこに愛がないことが加わっただけだ。
愛がなくとも想い人と夫婦になれた。喜ぶべきことだ。
(……でも、やっぱり苦しいな)
悲しげな表情を見せたからか父は慌てて付け足した。
「イヴはまだ15歳だ。対してベルナール様は23歳でおられる。両家の関係が安定したあかつきには離縁することもできるだろう。その時はお前もまだ若く再婚において年齢が足枷になることもない。あまり落ち込むな」
「大丈夫ですよ、お父様」
それでもなおため息をつく僕を見て父はさらに慌てたのだった。
離縁という言葉が心の奥深くに刻まれた。僕は今後もベルナール様と離縁するという選択をすることはないだろう。
でもベルナール様はどうかわからない。いつか想い人ができて邪魔な存在になったら身分も低い僕は簡単に捨てられてしまう。
これは一時の夢。そう思うことにした。
......
今日は結婚式当日だ。
教会は厳かな雰囲気に包まれている。
僕は真っ白なスーツを身にまとい、レースで作られたベールを被って式場に入場した。
少し顔を上げるとレース越しにベルナール様が見えた。
僕と同じ白のスーツを身にまとい長い髪を一つの三つ編みでまとめている。
式の準備の際は僕の予定とベルナール様の予定が噛み合わず顔を合わせることはなかった。オルレイアン伯爵邸へ行った時もだ。
そのくらいお忙しい方なのだ。
「夫、ベルナール・オルレイアンはイヴ・ランヌを伴侶として迎え、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、いつでも彼を愛し、彼を敬い、彼を慰め、彼を助け、その命ある限り、真心を尽くす ことを誓いますか?」
厳かな雰囲気の中神父様が言葉を読み上げる。
「誓います」
低くて美しい声が鼓膜を揺らす。胸がドキドキしすぎて落ち着かない。神父様の言葉もよく聞こえないくらいに。
次は僕が誓いをする番だ。
「イヴ・ランヌはベルナール・オルレイアンを伴侶として迎え、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、いつでも彼を愛し、彼を敬い、彼を慰め、彼を助け、その命ある限り、真心を尽くす ことを誓いますか?」
「は、はいっ誓います」
恥ずかしい。ベルナール様が隣にいるのに噛んでしまうなんて、失態だ。
「それでは誓いのキスを」
神父様の言葉で僕とベルナール様が向かい合い形になる。
もうすぐベルナール様が僕のベールをとって、そして、キスしちゃうんだよね。
すごく心臓がなっている。ドキドキなんてものじゃない。バクンバクンだ。顔全体が赤くなっているに違いない。
ベルナール様に変な顔って思われたらどうしよう。生きていけないかも。
そう思っている間にベルナール様がベールに手をかけた。
「少し顔を上げてもらえるかな」
僕にだけ聞こえる小さな声だった。ベルナール様が言った通りに顔を上に向ける。
さっきまでベース越しに見えていた彼の顔がはっきりと見えた。いつも遠くから見つめていた彼が目の前にいる。
ヘーゼルの瞳に僕の顔を映り込んだ。その顔はあまりにも緊張していて、なんだか彼に相応しくないように感じた。
いや、この結婚は契約結婚なのだから、相応しいとかそうじゃないとか、そういう問題でなはいことはわかっている。けれど気にするものは気にするのだ。
だって好きな人の前だから。ベルナール様は大人っぽくていつでもかっこいいのに、僕はって思ってしまう。
その状況に耐えられなくなって目を逸らした。
「っふ」
頭の上から少し笑うような声が聞こえた。どうして、と思ってまたベルナール様に視線を戻した。
そうした時、ベルナール様の両手が僕の肩に乗って、額にキスをされた。
一瞬の出来事でそのまま彼を見つめた。僕が赤くなっているのに対して彼の表情はいつもと変わらないままだ。
でもキスをしてくれた。唇じゃなかったとしてもだ。
嬉しいな、幸せだ。
契約結婚だとしても、いつか離縁されてしまうかも知れないとしても、この思い出があればいつだって幸福な気持ちになれるだろう。
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