いたずらはため息と共に

常森 楽

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2.変化

64.王子様

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5月の中間テストの後、席替えがあった。
永那の隣じゃなくてガッカリした。
優里が永那の隣だったから、交換してほしいと懇願したくらい。
永那が変なことを言った。
「空井さんの隣が良かったなあ」
永那が特定の誰かを、話題にもなっていないのに口にするのは珍しい。
優里が笑う。
「えー!私じゃだめなのー!?」
「しょーがないから優里の隣にしてあげる」
2人の話を聞きながら、空井さんを見た。
彼女はいつも1人だし、彼女からクラスメイトに話しかけてもみんなから敬語で話される。
無視されてるわけじゃないからいいのかもしれないけど、当たり前のように1人でいられる強さに憧れる。
自分の意見もハッキリ言えて、羨ましいと思った。
でも同時に、モヤモヤした何かが心に生まれた。
「永那、空井さんの隣なんて、ずっと寝てるんだから叱られまくるんじゃないの?」
座っている永那を後ろから抱きしめる。
後からやってきた数人の女子が「たしかに~」と笑う。
永那も笑ってたけど、あたしは全然笑えなかった。

「ねえ、空井さんって好きな人とかいるのかな?」
朝の電車のなかで、永那が言った。
「え?なんで空井さん?」
「いやー、空井さんって恋愛とか全く興味なさそうだからさ。どうなんだろう?って」
“なぜ今、空井さんが話に出てくるのか?”と聞いたのに、その答えは返ってこない。
「そんなの、あたしが知るわけないじゃん」
「そう?」
永那は両眉を上げて、つまらなさそうにした。
すぐに口元をニヤニヤさせながら、窓の外を見る。
こんな永那の姿、一度も見たことがなかった。
嫌な感じがした。
「そんなことよりさ、駅前に新しいクレープ屋さんができたんだって」
「へえ」
「今度一緒に行こうよ」
永那が頷く。

数日後、永那が珍しく放課後に起きていた。
一緒に帰ろうと思って近づこうとしたら、真っ先に空井さんのところに行った。
空井さんに何か言われて、掃除道具入れに向かう。
そばにいた2人の女子が言う。
「え?永那掃除すんの?」
「うっそー、空井さんに叱られるよ?」
「てか永那、空井さんになんかやらかした?」
そう茶化すから、あたしは永那のところに歩き出す。
2人が慌ててあたしの後についてくる。
「永那、なにしてんの?」
そう聞くと、永那はヘラヘラ笑いながら「掃除しようと思って」と言った。
「永那、空井さんになんかやらかしたの?」
2人の女子が聞く。
永那は「なんもしてないよ。私はそんな叱られるようなことはしません!」と鼻の穴を膨らませている。
「ねえ、掃除をしたいのだけど。教室に残るなら、あなたたちも手伝ってくれないかな」
空井さんの冷たい声が教室に響く。

今まであたしが直接空井さんに何かを言われたことはなかった。
このときが初めてで、その威圧感に気圧されて謝った。
でもすぐに、偉そうな態度に苛立った。
謝った自分が腹立たしい。
その後、全員で掃除をすることになったけど、空井さんが永那を突き飛ばして、ビックリした。
永那がしゃがみ込んで頭をさすっている。
そばに行きたかったけど、突き飛ばした光景が中学のときのいじめに重なって、足が動かなかった。
空井さんに突き飛ばされたというのに、なぜか永那は上機嫌だった。
そのことにもイライラする。

挙げ句の果てに、2人の女子が永那をクレープに誘った。
永那はあっさりOKするし。2人で行きたかったのに…。
当たり前のように永那が空井さんに声をかける。
空井さんが遠慮して、4人で行くことになった。
永那が途中で「スマホ忘れたかも!」と言った。
あたしも一緒に学校に戻るって言ったけど「先行ってて」と言われれば、頷くしかできなかった。
お店についても永那は戻ってこなかった。
買うクレープも選び終えちゃったし、あたしは2人の会話に適当に相槌を打った。
待っても待っても戻ってこないから、永那に電話した。
走って戻ってきた永那がやたら上機嫌で、心のモヤモヤが膨れ上がる。

次の週の火曜日、放課後に永那が起きていた。
でも、永那の様子が変だった。
授業が終わる前から貧乏揺すりして、眉間にシワを寄せていた。
あたしの前以外で、あんなあからさまに苛ついている姿を見るのは初めてだった。
チャイムが鳴ると同時に、クラスメイトに声をかけていた。
「空井さんは今日、掃除できないから!わかった?」と謎なことを言って、クラスメイトを頷かせる。
そしてあっという間に空井さんの腕を掴んで、教室から出ていく。
空井さんが心底驚いた顔をしながら「ちょ…ちょっと待ってよ、永那ちゃん」と言った。
「永那ちゃん…?」
思わず笑ってしまう。
全く理解が追いつかない。
スーッと全身が冷えていく感覚。
力が抜けそうになったけど、ハッとする。
顔を叩いて、永那達を追いかける。
でももう廊下に2人の姿はなくて、少し校内を歩いて見て回ったけど、それでも見つからなくて、あたしは教室に戻った。

自分の席に座って永那を待つ。
扉が開く音がして振り向くと、空井さんだった。
後から永那が入ってくる様子はない。
何があったのかと思って声をかけようとしたけど、空井さんは自分の鞄を取って、走って出て行ってしまった。
もう帰ろうかと思って立ち上がったら、永那が教室に来た。
永那の顔が綻んで、蕩けそうになっているのを見て、胸に痛みが走る。
「永那?」
声をかけると、上機嫌に永那は「おー!千陽!一緒に帰るかー!」と言った。
おかしい。
何かがおかしい。
2人の間で何があった?

帰りの電車。
永那はずっとニマニマしながら窓の外を見ている。
あたしは小さくため息をついた。
永那を睨んでも、彼女は気づかない。
「永那ちゃん」
そう声に出すと、永那の肩がピクッと反応する。
永那は口を開けながら、あたしを見た。
パチパチと瞬きをして「なに?急に」と言う。
「べつに」
永那は165cmで、あたしは155cm。身長差が10cmもあるから、あたしはいつも上目遣いになる。
「変なの」
永那が苦笑して、あたしをジッと見る。
あたしが何も言わないでいると、そのうち視線がそれて、また窓の外にやっていた。
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