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6、覚悟のこと

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主従2人で決意する回です。
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 あれから。どうにかこうにか出せるだけ情報を吐かせて、アルフと分かれ子供部屋へ戻った。結局、一口大に切った果物だけをいくらか用意して。

「失礼いたします、ただいま戻りました」

「……おかえり」

 ノックののち返事を貰って扉を開ける。コンラッド様はベッドに腰掛けていて、弟妹様たちはどうやら眠っているらしかった。私が軽食を持ってきたのに気付いて、下のきょうだいを寝かし付けた長兄様は立ち上がる。

「お夕食は取られますか?」

「いや……そうだな、あいつらが起きたらで良い」

「かしこまりました」

 ひょいと苺を口に入れ、改めてソファーへ座り直す。その隣の席をぽんと叩いて呼ばれたので、一言断って腰を掛けた。

「なにか、聞けたか」

「はい。手紙は本物だろうと」

 大きな溜め息。手で顔を覆って、コンラッド様は続きを促す。彼は理解しただろう。疫病治らぬ病に罹った、という、嘘のない手紙の意味を。

「皆さまには近く後見人が付くようです。具体的な名は聞けませんでしたが、おそらくは……」

「ゴードン叔父上か」

「はい。適任でしょう、立ち位置としては」

 ゴードン・セルウィッジ。レンドル家現当主の実弟であり、伯爵家へ婿入りさせられた野心家。……あるいは、現当主よりもよほど『貴族らしい』貴族。

 そして、コンラッド様たちの敵対者だ。
 能力だけなら兄よりも高い彼が、どうして伯爵家へ入ることになったのか、それは今の私には知り得なかった。おそらく先代のレンドル公爵の思惑なのだろう。ただ、今私たちに重要なのはそこではない。彼が、先代亡き後再び『レンドル』の名を得ることを望み、その邪魔になるだろう現当主の実子を排除したがっている、ということが問題なのだ。

「彼が後見になるよう動くのであればあまり心配はなさそうですが……魔導具は身に着けておかれた方が良いでしょう」

「ああ。寝るのもここの方が良いな。ちょうどいいからみんなで寝よう」

「手配いたします」

 解毒、治癒、魔術耐性に物理防御。宝石じみた魔石をあしらった魔導具は皇族・貴族の必需品だ。もちろんコンラッド様をはじめ、まだ幼い弟妹様たちの分もきちんと用意されている。……私が若干の手を入れて質を上げているのは内緒だ。あの野郎金欠の親め、低品質品に騙されやがって。

 ……ともあれ。現当主の死が近いうちに確実となったとも言える現状、周りが気にするのは『次』だ。次代の当主は誰になるのか、あるいは幼い当主の代行が誰になるのか。

 もちろん、我が国の法では、順当ならば次代の当主は当主の長子コンラッド様となる。まだお披露目も済まない身ではあるので、後見人は付くだろうが。……だが、もしも正式な当主となる前に儚くなられたら? 不都合が起きたら? その継承権を持つ者直々に、彼をこの席へと願われたら?

 おそらくは許されてしまうだろう。セルウィッジ伯爵は再びレンドルの名を戴くことになる。そして、あの伯爵はそうなるように動く。この状況さえあの男が仕組んだことかもしれない。

 コンラッド様への報告と給仕の傍ら、私は考えた。私自身の利己的な思いも含めて、気丈にも私の前でさえ涙を見せようとしない主を見ながら。


「コンラッド様。お許しいただきたいことがございます」

 結論、このままじゃ無理。

 私は良くも悪くも凡夫だ。前世も含めて至って平凡なスペックしかない子爵令息だ。前世に学ばなかった分野の暗記で地獄を見、近衛にはなれぬよと師範に優しい目をされ、入門書に載る魔術をようよう苦労してやっと修めた程度の、高度な魔術は発動にさえ至らぬほどの魔力しか持たない男。チート分の過剰を差っ引けば、コンラッド様の方が何倍も優秀だろう。

 だから、無理だ。私には。一生分の幸運によって元ネタには無い救いが差し伸べられない限り、このままの現状から、コンラッド様たちを本当に幸せにして差し上げるのは不可能なのだ。両親の発病を回避する、という作戦が失敗した以上、私は、私に、『正常だが少々変わった子爵令息なんら不正の無いこの世界の人間』のままでいることを許せない。

「……何だ、クロード」

 コンラッド様はとても疲れていた。当然だろう。いくら頼りがいのある長兄に見えても、まだ12歳。前世の基準では義務教育も終えていない幼子だ。加えて、彼はこれで貴族のお坊ちゃんだ。ただ保護者が儚くなる予感に泣くわけにはいかない。レンドル家の現状を思えばなおさら。

「これからの生活は、今まで通りとはいかないでしょう。私は努力いたしますが、出来ないことは出来ません。皆さまには不便を強いることになると思います」

 私は座ったまま主に向き直り、その翡翠の瞳を見つめた。宝石のように美しい瞳が、今は少しくすんでいるようにも見える。

「……そうだな。苦労をかける」

「いいえ。主人の傍に仕えることこそ私の幸せです。力が足りず、申し訳なく思うのは私も同じでございます」

 実際、私には力があるのだ。消去されなかった余分な前世がある。私がもっと賢ければ、もっと力があれば、上手く立ち回れれば、こうなる前におさめられたかもしれないのだ。無い知恵と魔力を絞って、成し得なかった己が恨めしい。

「ですから、コンラッド様。私がこれから、あなたになんでもお話しすることをお許しください。あなたになんでも言って、なんでも聞きたいと思うことをお許しください。は、1人も欠けずに生き延びねばなりません」

 原作と同じでは駄目だ。絶対に。私は私の大切な主人たちを失うことに堪えられない。だから、主人になんでも言おう。口を出し、反対し、意見して手ほどきしよう。遮って指示して話をしよう。たとえ不敬と言われようとも、彼の心が壊れることのないよう隣にいよう。

「あなたの隣に立つことをお許しください。これより、あなたに隠し事は一切いたしません。後にどのような処罰でも喜んでお受けいたします。ですから、どうか……あなたを弟のように思って接することを、今だけお許し願いたいのです」

 私はコンラッド様の従者。であれば当然、振る舞いも言動も、ちまちまと行っていた工作もそれに相応しいものでなければならない。何より私は12歳だ。幼子ゆえの奇行で許されていたこともたくさんある。……転生物の破天荒な主役のように、何もかも気にせず鬼才でいられればどれほど良かったか。

「クロード、僕は……」

 困惑したように、コンラッド様が体をこちらへ向ける。じっと瞳を見つめ返し、私の言葉を噛み砕いている。彼は理解するだろう。頭の良い子だから。私が何を言いたいかも、私が何かを隠していたことも察するはずだ。

 子供の遊び部屋としてあてがわれた隅の部屋。使用人は私以外滅多に来ず、それゆえ皆さまたちが普段拠点にしている小さな部屋で、私たちはしばらく見つめ合った。すでに日は落ち、窓の外は暗い。もう少しすれば月も昇るだろう。

「僕は、ずっと前から、お前を兄弟だと思ってたよ。……クロードがそう言ってくれて、嬉しい」

 口を結んで眉根を寄せていた顔が緩む。目尻を下げて、困ったような表情で、コンラッド様は微笑んだ。小さな手が伸びてくる。私も手を差し出したけれど、それは素通りされ、彼の手は私の背に回された。

「…………甘えて良いかなぁ、あにうえ」

 私と変わらない大きさの腕が、ぎゅうと私を抱き締める。暖かい体だった。縋るように問われた声は震えていて、彼はやはり子供なのだと理解する。ふわふわの金髪が少しこそばゆい。私もそっと彼の背に腕を回して、出来るだけ優しく撫でた。

「もちろんです。嬉しいですよ、私も」

 外へ音を漏らさぬ結界程度なら、私でも張ることができる。誰にも聞かれない2人きりの小さな空間の中で、気高い我が弟はようやく、ようやく年相応に泣いてくれた。

 コンラッド様の背中を撫でながら、私は改めて覚悟を決めた。ずっと以前から、コンラッド様の両親が助からなければそうしようと決めていた。だから、私は大丈夫だ。

 全てを話して隣へ立つのに、後悔などない。


 彼が落ち着いて体を離したのは、随分時間が経ってからだった。ぬくもりが離れていく。真っ暗になってしまった部屋の中で2人、灯りをつけよう、とは言わなかった。

「……どうしような、これから」

 すっかり冷めた紅茶を一息に飲み干して、コンラッド様は言う。少しだけ明るさを取り戻した声は、いつも通り凛としていた。

「私たちは同じところを見ているはずです、コンラッド様。私たちと、弟妹様がたの生存。現状の打破」

「叔父上の打倒と、レンドル家の存続」

 いかに今後の計画を練るか、という話だと理解して、私は目標とでも言うべき事項を挙げた。台詞を引き継いで、コンラッド様が続ける。

 正直なところ、生存だけなら難しくない。コンラッド様たちはともかく、私は平民に混じっても十分暮らしていけるし皆さまのお世話も出来る。みなで逃げて行方をくらませ、国境さえ越えてしまえばしばらくは安全だ。教会を頼って身を寄せるなり、行商の下働きにと頭を下げるなり、可能不可能は置いておいて、方法自体はいくらでもある。ゴードン伯爵の打倒も同様だ、で良いのなら、とっくの昔に私が特攻している。レンドルの名も、残ればよいと言うなら、穏便にゴードン伯爵を『レンドル』にしてしまえばよいのだ。奴の次の代なら、コンラッド様も十分に渡り合う力を備えられるだろう。

 ただ、全てを同時に、となると難易度は一気に跳ね上がる。今の今まで手をこまねいていたのは私だ。ことここにおいて、12の子供に9と6の弟妹が解くには難しすぎる課題ではなかろうか。

「……よろしいのですね」

「お前こそ、良いのか」

「はい。決めましたから」

「僕もだ。決めた。……決めたんだ」

「かしこまりました。そのようにいたしましょう」

 視線は一度も外れなかった。お互いにまだ触れたまま、そうしよう、と確かめ合う。

「なぁクロード。今日はこのまま寝てしまわないか」

「ふふ。そうしましょうか」

「お前も一緒に寝よう。起きたら、たくさん話を聞かせてくれ」

「はい」

 ひょいと葡萄を口に入れて、コンラッド様は甘える猫のように私へ擦り寄った。かわいい人だ。私もついよしよしと柔らかな髪を撫でてしまう。

 灯りもない部屋のソファーで、寝よう、ねようと言いながら、2人でしばらく身を寄せ合っていた。


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Tips ゴードン・セルウィッジ伯爵

ブロンデル皇国の伯爵。『セルウィッジ』の主人はセルウィッジ伯爵夫人の方だが、表に出てくるのは彼である。濃い蜂蜜色の髪と深い緑の瞳を持ち、良く領地と事業の経営に長けた切れ者。現レンドル公爵とは実の兄弟であり、彼はレンドル家当主の弟でもある。かなりの野心家であると知られている。
なお、敏腕貴族と言ってもよい彼が『レンドル』の名を継がなかったのは、弟だから長子相続以外の理由があるらしいと、社交界ではもっぱらの噂。
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