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同姓同名
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咳き込みながらも思い切り息を吸ったら一気に視界も頭もクリアになって、走馬灯でも幻聴でもなかったことを知る。
背中に一撃を食らったのだろうか。
軽く反らして背骨を押さえて硬直している徳永さんの向こう側。
明るめの茶髪
不敵に笑うと口の端に覗く八重歯
私より少しだけ背の高い細身の体に、緩く着こなしたブレザー姿
記憶の中の彼そのもの
─なんて、そんなことある筈がなかった。
現実に目の前に立っているのは、黒髪で無表情。夏だというのにスリーピースを着込んだ長身の男性。
全くの別人だ。
記憶の中の彼とは、似ても似つかない。
当たり前だ。
ドラマじゃあるまいし、こんなところに、タイミング良く現れるわけがない。
大体、あれから何年経ってると思ってるの?
万一本当に彼だったとしてもー
27歳で高校のブレザー着て現れたら、全力でシカトものでしょうが。
ああ、本当に嫌になる。
もう完全に忘れたと思っていたのに。
「…何するんだいきなり!」
三日くらい続きそうな自己嫌悪を、徳永さんの怒声が吹き飛ばした。
「それはアンタのセリフじゃなくて、そっちの女性のセリフだろ?」
相手の男は徳永さんの剣幕に全く怯むことなく言ってのけた。
「じ、自分はただ!彼女に思いを伝えていただけで…」
あ…。
折角特訓したのに、徳永さん…一人称が『僕』から『自分』に戻っちゃってる。
「思いを伝えていただけ?あれで??アンタ、女の扱い全く分かってないな」
どこの誰だか分からないこの男の言うとおりなんだけど。
これ以上は困る。
今までの私と徳永さんの時間が、全部無駄になってしまう。
『私は大丈夫ですから』と言おうと口を動かした矢先、咳がぶり返してしまった。
そうこうしているうちに、事態は最悪の展開へ。
「…っ、貴様には関係ないだろう!!」
「それが、関係ないとは言えないんだよ。目の前で女性が襲われてるのにスルーすると、色々問題になるんだ。俺、弁護士だから」
スーツの左胸に光る弁護士記章を見せつけられた徳永さんは、私を置いて走り去ってしまった。
「…大丈夫ですか?」
男性がゆっくりと近づいてきて、手を伸ばした。
自分では気づいていなかったけれど、解放された拍子に膝から転んで座り込んでいたらしい。
通常ならお礼を言うべきところだということは分かっている。
でも。
「なんてことを…」
私の口から出たのは、非難の言葉だった。
これには正義の味方の弁護士さんも、怪訝そうに眉をひそめた。
「助けないほうが良かったですか?」
「…あの人はお客様だったんです」
「じゃあ、あのままさっきの男に襲われても良かったと?」
「そんなこと…!でも、このまま逃げられたら社長に何て言われるか…」
想像してしまい、思わず身をすくめていると、男が両脇を抱えるようにして私を立ち上がらせた。
続いてスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、一枚私に差し出して言った。
「そんな仕事、今すぐやめたほうがいい。困ったことがあればいつでもどうぞ」
やめられるものなら、とっくにやめている。
という言葉は飲み込み、黙って受け取る。
記されている名前は、暗くて読めない。
そのまま鞄に突っ込んでから、「どうも」と男に一礼した、一縷の望みをかけ、私は徳永さんを追いかけた。
背中に一撃を食らったのだろうか。
軽く反らして背骨を押さえて硬直している徳永さんの向こう側。
明るめの茶髪
不敵に笑うと口の端に覗く八重歯
私より少しだけ背の高い細身の体に、緩く着こなしたブレザー姿
記憶の中の彼そのもの
─なんて、そんなことある筈がなかった。
現実に目の前に立っているのは、黒髪で無表情。夏だというのにスリーピースを着込んだ長身の男性。
全くの別人だ。
記憶の中の彼とは、似ても似つかない。
当たり前だ。
ドラマじゃあるまいし、こんなところに、タイミング良く現れるわけがない。
大体、あれから何年経ってると思ってるの?
万一本当に彼だったとしてもー
27歳で高校のブレザー着て現れたら、全力でシカトものでしょうが。
ああ、本当に嫌になる。
もう完全に忘れたと思っていたのに。
「…何するんだいきなり!」
三日くらい続きそうな自己嫌悪を、徳永さんの怒声が吹き飛ばした。
「それはアンタのセリフじゃなくて、そっちの女性のセリフだろ?」
相手の男は徳永さんの剣幕に全く怯むことなく言ってのけた。
「じ、自分はただ!彼女に思いを伝えていただけで…」
あ…。
折角特訓したのに、徳永さん…一人称が『僕』から『自分』に戻っちゃってる。
「思いを伝えていただけ?あれで??アンタ、女の扱い全く分かってないな」
どこの誰だか分からないこの男の言うとおりなんだけど。
これ以上は困る。
今までの私と徳永さんの時間が、全部無駄になってしまう。
『私は大丈夫ですから』と言おうと口を動かした矢先、咳がぶり返してしまった。
そうこうしているうちに、事態は最悪の展開へ。
「…っ、貴様には関係ないだろう!!」
「それが、関係ないとは言えないんだよ。目の前で女性が襲われてるのにスルーすると、色々問題になるんだ。俺、弁護士だから」
スーツの左胸に光る弁護士記章を見せつけられた徳永さんは、私を置いて走り去ってしまった。
「…大丈夫ですか?」
男性がゆっくりと近づいてきて、手を伸ばした。
自分では気づいていなかったけれど、解放された拍子に膝から転んで座り込んでいたらしい。
通常ならお礼を言うべきところだということは分かっている。
でも。
「なんてことを…」
私の口から出たのは、非難の言葉だった。
これには正義の味方の弁護士さんも、怪訝そうに眉をひそめた。
「助けないほうが良かったですか?」
「…あの人はお客様だったんです」
「じゃあ、あのままさっきの男に襲われても良かったと?」
「そんなこと…!でも、このまま逃げられたら社長に何て言われるか…」
想像してしまい、思わず身をすくめていると、男が両脇を抱えるようにして私を立ち上がらせた。
続いてスーツの内ポケットから名刺ケースを取り出し、一枚私に差し出して言った。
「そんな仕事、今すぐやめたほうがいい。困ったことがあればいつでもどうぞ」
やめられるものなら、とっくにやめている。
という言葉は飲み込み、黙って受け取る。
記されている名前は、暗くて読めない。
そのまま鞄に突っ込んでから、「どうも」と男に一礼した、一縷の望みをかけ、私は徳永さんを追いかけた。
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