運命の落とし穴

恩田璃星

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羽立くんの事情4

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 羽立くんは、小指だけを握っていた手を、流れるような仕草で滑らせると、私の指間部に指を一本ずつ嵌めていき、最後に全ての指をぐっと折り曲げた。

 嘘だ!

 夢だ!!

 私が羽立くんに手を握られているなんて。

 極限状態のくせに…いや、極限状態だからこそ、小指だけでは分からなかった、細くてゴツゴツした感触に、一気に欲が吹き出す。

 もっと触りたい。

 もっと触れて欲しい。

 この手になら、一生囚われていたい。

 頭の中がそんなはしたない考えでいっぱいになっていたので、

 「昴が自分から女に触るところ、初めて見た。ノンケの俺が昴とだけはヤれたんだから、ゲイの昴が常盤奏音と寝る可能性も0じゃないかもな」

 「奏音さんの前でそういうこと言うなって!」

という会話をきっかけに羽立くんが手を離したことには気づかず。

 単に、このままずっと握っていて欲しいと願っていた手が離れたことで、現実に引き戻された。

 「…と、いうわけで、今日からうちに住んでください」

 「…誰が?」

 「奏音さんが」

 「誰のうちに?」

 「俺のうちです」

 今日から、「私」が、「羽立くんの家」に、住む…?

 あれ?私、さっき現実に引き戻されたよね…??

 「何で!?何でそうなるのーーー!?」

 「だって、奏音さん、また突然連絡取れなくなるかもしれないじゃないですか」

 そう言われて10年前、何度も鳴る羽立くんからの電話と、メールの通知音に耳を塞ぎ続けた日々を思い出した。

 自分を鋏でズタズタに切っていしまいたいほど凄まじい罪悪感に優る、恐怖。

 これ以上羽立くんを好きになることが怖くて、連絡取るのを止めたのに。

 結局、10年経っても私の気持ちは変わらなくて。

 私は、彼以外の男の人を好きになることができなかった。

 再会して、たった数時間。

 恐れていたとおり、小指を絡め、手を握られただけで、もう逃げられないくらい、羽立くんにハマってしまっている。

 例えこの気持を、一生口にすることが許されなくてもー

 「元北高の生徒会長の名にかけて、約束は守るよ。父の会社の人たちの生活もかかってるしね。両家の親にきちんと挨拶して、ちゃんと婚姻届出したら羽立くんの家に引っ越す」

 「そんなの待てません。一日も早く毎日奏音さんのご飯が食べたいんです」

 「…っ!」

 

 こういう、無自覚に女心を突くようなセリフを連発するところが怖いんだってばー!!

 腹をくくったつもりなのに、たった一言でぐらぐら揺れてしまう自分が情けない。

 「じゃあ、来月…?」

 「来週でお願いします」

 「…」

 満足そうな羽立くんの笑顔を横目に、宮本くんは「絶対上手くいかないと思うけど、せいぜい頑張れば」と言い残して去っていった。
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