[R18] 異世界は突然に……

第四章

涙の理由は(エヴァン視点)

ふと目覚めると、どこからかパンの良い匂いが鼻を擽る。

何か夢を見ていた気がする……。

そっとベッドから体を起こし、頬に手を添えると、そこに零れ落ちた水滴が指先を濡らしていく。
流れ続ける涙に戸惑う中、喪失感が私を包み込んでいった。

何かが足りない……。

大切な……何かが……。

そう脳裏をよぎるが、それが何かは皆目見当もつかなかった。

それにしても、どうして私は泣いているのだろうか……。
思い当たることもない中、必死に先ほどまで見ていただろう夢をよびおこそうと試みるが……頭の中に描かれた風景は、朧気のままに消え去ってしまう。
とても悲しい夢だった気がするんだが……まぁ、いいでしょう。
所詮、夢だ……。

私は気持ちを切り替え、ベッドから立ち上がると、服を着替え、部屋を出て階段を下りていく。
下りた先から耳に届いた、カチャカチャとの音に顔を上げると、そこには父さんの姿があった。

「おぉ、やっと起きてきたのか。休みだからと寝すぎだ。さっさと朝食を食べなさい」

フライパン片手に卵を割るその姿に、なぜか未視感を感じる。
父さん……どうしてここにいるんだ……。
うん、いや……ここは私の家だ。
父さんが居て当たり前だろう。
今日は私は仕事が休みで……家に戻ってきているのですから。
私が帰ってきた時は……いつもこうやって父さんが朝食を用意してくれている。
だが……なぜだが初めて見たような……そんな感覚が……。
はぁ……私はまだ寝ぼけているのでしょうか。

私は深いため息をつく中、用意された椅子へと腰かけると、父さんはテーブルへ朝食を並べていく。
そんな姿になぜかまたモヤモヤとした気持ちがこみ上げる中、私はそれを振り払うと、静かに出された朝食を口へと運んでいった。
そんな私の姿に父さんも椅子へと腰かけたかと思うと、こちらへ顔を向ける。

「そういえば、エヴァン。今日はアーサー殿下に呼び出されているんじゃないか？時間は聞いていなかったが、大丈夫か？」

その言葉にハッと顔を上げ時計を見ると、呼び出されていた時間はすでに過ぎていた。
あぁ……まぁ、もういいでしょう。
仕事であれば焦っているところだが、今日は休日だ。
それに休日に呼び出す案件は大抵に碌な用事ではない。
今まであったアーサーの呼び出しが頭をよぎると、軽く頭痛がしてくる。

……以前呼び出された時は、手を出した女に関する、もみ消しの手助けを頼まれましたね。
その前も……確か同じように、女がらみの内容だったはず。
セーフィロ陛下も呆れておられる様子ですし……。
はぁ……全くアーサー殿下も……そろそろ女遊びを何とかしたほうがいいと思いますがね。

私は大きく息を吐きだすと、用意されたコーヒーを優雅に口へと運んでいく。
そうしてほっと一息つくと、私は机に置かれていた情報誌を手に、ペラペラと目を通していった。
今から慌てて向かったとしても、間に合う事もない。
諦め半ばに、私は朝の充実した日々を楽しむと、ゆっくりと朝食を味わっていく。
そうして朝食を終えると、私はローブを纏い、王宮へと向かっていった。

外へ出ると、大通りには人が溢れていた。
近所に暮らす女性や、女商人の姿、貴族女性の姿……幼い幼女の姿。
その風景が目に映ると、また先ほどの違和感を感じた。
どうして通りに女性の姿があるんだ……？
……いや、何を考えているんだ……普通の事だろう……。
何ともしっくりこない感覚に戸惑う中、私は人込みから視線を反らせると、移転魔法で王宮へと飛んでいった。


そうして王宮へ到着すると、アーサーが腕を組みイライラした様子で佇んでいた。
そんな彼の前に姿を現すと、勢いよくこちらへ向かって来るや否や、怒鳴り声が廊下に響き渡る。

「遅いぞ、エヴァン！！！どれだけ待たせるつもりだ！！！」

壮大なため息をつき呆れた様子を見せるアーサーに苛立つ中、私はすみませんと礼を取ると、後方からコツコツコツと誰かの足音が耳に届いた。

「それで、休日に私を呼び出した理由は何でしょうか？……また女性がらみで問題が……っっ」

そうアーサーに問いかけた瞬間、後ろから声が被せられた。

「アーサー殿下……。約束した時間を大幅に過ぎているんだが、一体どういうことか説明してくれるか？」

怒りを含むその声に振り返ってみると、そこには文官兼魔導師であるシモンが、鋭い眼差しでアーサーを睨みつけていた。

「シモン……いや、そのだな。まぁ、そう怒るなって……。あー、エヴァンさっさと行くぞ！」

アーサーは私の背を強く押すと、そのまま廊下を突き進んでいく。
状況が飲み込めない中、私はシモンとアーサーに挟まれながら無理矢理に歩かされていくと、彼らは応接室の前で立ち止まった。

一体……何なのですか。
応接室という事は……誰かと会わせるつもりでしょうか……？
アーサーへ説明を求めるように視線を向けると、彼はその視線を避けるように逃げていく。
その姿にアーサー殿下の腕を掴むと、彼の肩が大きく跳ねた。
このアーサー殿下の反応は……碌な事じゃありませんね。

そんなやり取りを繰り広げる私たちを余所に、シモンは軽くノックをし扉を開くと、アーサーは強引に私を応接室の中へと押し込んでいく。
そうして何の説明も聞けぬままに、無理矢理に中へ入らされると……そこには軽くウェーブのかかったブロンドヘヤーに、淡いピンク色の瞳をした可愛らしい貴族女性が、私へキラキラした瞳を向けていた。