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第五章
閑話:薄暗い森の中で(パトリシア視点)
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時は少し遡る。
城を出発し、壁の傍にあるラボへと向かう中、忽然と魔法使いの姿が消えた。
先ほどまで確かに彼女は、私たちの後ろを歩いていたはずなのに……。
本当に一瞬の出来事だった。
彼女が居ない事に気が付きワリッド、カミール、シナンが慌てて辺りを捜索する中、シナンは鼻を鳴らしたかと思うと、そのまま森の奥へ駆け抜けていく。
彼女を見つけたの……?
さすが獣人ね。
その姿はあっという間に森の闇へ消え去って行く中、カミールはすぐさま遣い魔を呼び出すと、シナンの後を追わせていった。
空に羽ばたく鳥を見上げながらに、カミールが遣い魔を追おうした刹那、私は咄嗟に彼を引き留めた。
「カミール様、待ってください」
彼は私の声に無言のままで振り返ると、エメラルドの瞳がゆっくりと細められる。
「ご存知だとは思いますけどぉ、魔法使い様はノエルに狙われてます。なので私達はノエルから彼女を守るために、あの場所へ連れて行き滞在させるつもりです。あの場所ならノエルも簡単に手を出すことは出来ないはず。ですからノエルを倒すことに固執せず、彼女をあの場所へ連れて来ることを一番に考えて行動して下さいね」
エメラルドの瞳を見据えながらにそう話すと、ニッコリと笑顔を作って見せる。
「……約束は出来ないな。俺はノエルを捕らえる為に、ここにいるんだ」
「ふふっ、あなたにノエルを捕らえる事は無理ですよ。実力差がありすぎます。カミール様もわかっているはずでしょう。実際に彼の強さを目の当たりにしたのですから。正攻法では無理。なのでぇ~彼女を奪い返して準備を整えてからノエルを捕らえましょう。出来る限りこちらも協力しますよ。でももし……ここで彼女が奪われてしまえば、もう私たちの前に彼が現れる事はないと思いますよ。彼が一体何を計画しているのか……それはまだわかっていませんが、あの魔法使い様は彼にとって……とても重要な人物である事は間違いありません」
「……奴らの目的もわからないのに、どうしてそう言い切るんだ?」
カミールはこちらへ体を向けると、腕を組みながらに私を鋭く睨みつける。
「それはですねぇ~、最近子供を連れ去る事件が多発していたのをご存知でしょう?あれはノエルが指揮をとり、遣い魔使いの素質ある子供を収集していたからです。子供を連れ去った犯人が警備兵に捕らえられると、各地に散らばっているノエルの息がかかった部下達が、無罪放免で釈放していきます。なので被害は広がるばかりでした。ですがつい最近パタリとなくなったんですよぉ。捕らえられた者は牢屋の中へ、そればかりか連れ去られていた子供たちも親元に戻ったんです。捕らえられていた子供たちの記憶は操作されているようで、手掛かりはありませんでしたが……。不思議ですよね?どうして捕らえた子供を解放したのか……。そしてなんとその時期は、ランギの街で彼女の存在が知られるようになってからなんですよ。私の言いたい事がわかりますよね?」
笑みを深めるようにカミールへ笑いかけてみると、彼は小さく舌打しながらに、何も答えることなく森の奥へと走り去っていく。
その姿に私は深く息を吐き出すと、彼らとは逆の方向へ足を向けた。
「パトリシア殿、私たちは追いかけなくていいのか?」
ワリッドの声に顔を向けると、彼は困った様子で、去って行くカミールの背を見つめている。
「大丈夫でしょう。寧ろ私たちが行けば、邪魔になるかもしれません。私達ではまだノエルに対抗は出来ませんし。まぁ~彼女は相当な魔法使いのようですので、きっと簡単には捕らえられないでしょう。それにしても、どうして私たちがこの場所に居ることがわかったのか……不思議ですね」
そうワリッドへ話すと、私は無線機を取り出し、女王様へ連絡を入れた。
現状の報告をし、無線機を切ると、私はワリッドへと視線を向ける。
「彼女を無事を信じて先に向かっておきましょう。ラボへ到着して、早々にあれを隠しておかないといけないですねぇ。きっと魔法使い様に見つかれば、壁を壊す事に協力してくれなくなってしまうかもしれないですし。だって彼女……世間知らずのお嬢様って感じだもの」
「それについては、俺の方からすでに連絡をいれている」
ワリッドは私を追い越していくと、長く伸びた草をかき分けながらに道を作っていく。
「さすがですねぇ。ちょっと心配していたんですよぉ~。優秀な護衛騎士のワリッド様が、故郷へ帰ったきり、なかなか戻って来ないんですもん。もしかしてぇ~騎士を辞めて、あんなに嫌がっていた家業を継がれるのかと……ふふッ」
「チッ、口が過ぎるぞ。俺が家を継ぐはずないだろう。呼び出されて戻ったら、家のゴタゴタに巻き込まれて帰って来られなかっただけだ。だが……あの魔法使いが現れて助かった。あの女が居なければ、俺はまだ田舎町で足止めされてただろうからな」
「へぇ~、何があったんですかぁ?」
「……あの女を使って父と取引しただけだ」
取引ね。
彼の父はランギの街で一二を争う大貴族だったはず。
一体どんな取引をしたのかしらね。
気になるが……これ以上聞いても教えてもらえないだろう。
「ふ~ん、大変だったんですねぇ」
そうワリッドへ声をかけると、彼の背を追いかけながらに、獣道を真っすぐに進んで行った。
********************************
ここまでお読み頂きまして、ありがとうございます。
次話より新章に突入します。
そろそろ5章も後半となってきました。
ノエルの思惑が明らかになっていきますよ。
最後までお付き合い頂けると、幸いです。
※お知らせ※
エヴァンとレックスと主人公の短編を投稿致しました。
《タイトル:二人の彼に溺愛されて》
今進んでいるストーリーとは全く関係ないお話ですが、気になる方は読んで頂けると嬉しいです!
お読みになる際は、注意点を必ずご確認下さい。
城を出発し、壁の傍にあるラボへと向かう中、忽然と魔法使いの姿が消えた。
先ほどまで確かに彼女は、私たちの後ろを歩いていたはずなのに……。
本当に一瞬の出来事だった。
彼女が居ない事に気が付きワリッド、カミール、シナンが慌てて辺りを捜索する中、シナンは鼻を鳴らしたかと思うと、そのまま森の奥へ駆け抜けていく。
彼女を見つけたの……?
さすが獣人ね。
その姿はあっという間に森の闇へ消え去って行く中、カミールはすぐさま遣い魔を呼び出すと、シナンの後を追わせていった。
空に羽ばたく鳥を見上げながらに、カミールが遣い魔を追おうした刹那、私は咄嗟に彼を引き留めた。
「カミール様、待ってください」
彼は私の声に無言のままで振り返ると、エメラルドの瞳がゆっくりと細められる。
「ご存知だとは思いますけどぉ、魔法使い様はノエルに狙われてます。なので私達はノエルから彼女を守るために、あの場所へ連れて行き滞在させるつもりです。あの場所ならノエルも簡単に手を出すことは出来ないはず。ですからノエルを倒すことに固執せず、彼女をあの場所へ連れて来ることを一番に考えて行動して下さいね」
エメラルドの瞳を見据えながらにそう話すと、ニッコリと笑顔を作って見せる。
「……約束は出来ないな。俺はノエルを捕らえる為に、ここにいるんだ」
「ふふっ、あなたにノエルを捕らえる事は無理ですよ。実力差がありすぎます。カミール様もわかっているはずでしょう。実際に彼の強さを目の当たりにしたのですから。正攻法では無理。なのでぇ~彼女を奪い返して準備を整えてからノエルを捕らえましょう。出来る限りこちらも協力しますよ。でももし……ここで彼女が奪われてしまえば、もう私たちの前に彼が現れる事はないと思いますよ。彼が一体何を計画しているのか……それはまだわかっていませんが、あの魔法使い様は彼にとって……とても重要な人物である事は間違いありません」
「……奴らの目的もわからないのに、どうしてそう言い切るんだ?」
カミールはこちらへ体を向けると、腕を組みながらに私を鋭く睨みつける。
「それはですねぇ~、最近子供を連れ去る事件が多発していたのをご存知でしょう?あれはノエルが指揮をとり、遣い魔使いの素質ある子供を収集していたからです。子供を連れ去った犯人が警備兵に捕らえられると、各地に散らばっているノエルの息がかかった部下達が、無罪放免で釈放していきます。なので被害は広がるばかりでした。ですがつい最近パタリとなくなったんですよぉ。捕らえられた者は牢屋の中へ、そればかりか連れ去られていた子供たちも親元に戻ったんです。捕らえられていた子供たちの記憶は操作されているようで、手掛かりはありませんでしたが……。不思議ですよね?どうして捕らえた子供を解放したのか……。そしてなんとその時期は、ランギの街で彼女の存在が知られるようになってからなんですよ。私の言いたい事がわかりますよね?」
笑みを深めるようにカミールへ笑いかけてみると、彼は小さく舌打しながらに、何も答えることなく森の奥へと走り去っていく。
その姿に私は深く息を吐き出すと、彼らとは逆の方向へ足を向けた。
「パトリシア殿、私たちは追いかけなくていいのか?」
ワリッドの声に顔を向けると、彼は困った様子で、去って行くカミールの背を見つめている。
「大丈夫でしょう。寧ろ私たちが行けば、邪魔になるかもしれません。私達ではまだノエルに対抗は出来ませんし。まぁ~彼女は相当な魔法使いのようですので、きっと簡単には捕らえられないでしょう。それにしても、どうして私たちがこの場所に居ることがわかったのか……不思議ですね」
そうワリッドへ話すと、私は無線機を取り出し、女王様へ連絡を入れた。
現状の報告をし、無線機を切ると、私はワリッドへと視線を向ける。
「彼女を無事を信じて先に向かっておきましょう。ラボへ到着して、早々にあれを隠しておかないといけないですねぇ。きっと魔法使い様に見つかれば、壁を壊す事に協力してくれなくなってしまうかもしれないですし。だって彼女……世間知らずのお嬢様って感じだもの」
「それについては、俺の方からすでに連絡をいれている」
ワリッドは私を追い越していくと、長く伸びた草をかき分けながらに道を作っていく。
「さすがですねぇ。ちょっと心配していたんですよぉ~。優秀な護衛騎士のワリッド様が、故郷へ帰ったきり、なかなか戻って来ないんですもん。もしかしてぇ~騎士を辞めて、あんなに嫌がっていた家業を継がれるのかと……ふふッ」
「チッ、口が過ぎるぞ。俺が家を継ぐはずないだろう。呼び出されて戻ったら、家のゴタゴタに巻き込まれて帰って来られなかっただけだ。だが……あの魔法使いが現れて助かった。あの女が居なければ、俺はまだ田舎町で足止めされてただろうからな」
「へぇ~、何があったんですかぁ?」
「……あの女を使って父と取引しただけだ」
取引ね。
彼の父はランギの街で一二を争う大貴族だったはず。
一体どんな取引をしたのかしらね。
気になるが……これ以上聞いても教えてもらえないだろう。
「ふ~ん、大変だったんですねぇ」
そうワリッドへ声をかけると、彼の背を追いかけながらに、獣道を真っすぐに進んで行った。
********************************
ここまでお読み頂きまして、ありがとうございます。
次話より新章に突入します。
そろそろ5章も後半となってきました。
ノエルの思惑が明らかになっていきますよ。
最後までお付き合い頂けると、幸いです。
※お知らせ※
エヴァンとレックスと主人公の短編を投稿致しました。
《タイトル:二人の彼に溺愛されて》
今進んでいるストーリーとは全く関係ないお話ですが、気になる方は読んで頂けると嬉しいです!
お読みになる際は、注意点を必ずご確認下さい。
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