【完結】不運体質な公爵様はハズレ姫を娶らされる

雫まりも

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 誓いのキスは果たされなかった結婚式ではあったが、クレアは予定通りプレスコット公爵家へと嫁ぐことになった。
 結婚式の後、クレアはそのままプレスコット公爵邸へと移り住むことになっていた。
 屋敷までの馬車の中、クレアとレスリーは隣に並んで座った。
 少し疲れた様子のレスリーに話しかけてもいいものだろうかとも思ったが、これだけはどうしても聞きたかった。

「レスリー様。ほっぺたの怪我は大丈夫ですか?とても痛そうでした」

 クレアの隣で気まずそうにしていたレスリーだったが、声かけに反応してクレアの方を向いてくれた。
 そしてまた、あの優しそうな笑顔で答えてくれた。

「心配していただいてありがとうございます。実は僕、簡単な治癒魔法なら使うことができるんです。だから、ほら。もう何ともないでしょう?」

 レスリーはそう言って、トレイが当たった方の頬をクレアに見えるように寄せてくれた。
 ふわっといい匂いがする。
 そんなことに少し気を取られつつも、レスリーの頬を確認すると傷も腫れもなかった。

「そうだったんですね。もう痛くないのなら、良かったです」

 クレアはそう返すと、近くなった距離から少しだけ離れるように馬車の端に寄った。
 自分は香水なんて持っていないし、今日はお風呂には入っているけれど彼みたいにいい匂いなんてしないだろうからと、クレアは近づいているのが恥ずかしくなった。
 今まではそんなことが気になったことなど一度もない。
 しかし、何故だかその時のクレアはそんな風に思って、彼から身を引いた。

「……」

 レスリーも元の位置に座り直すと、それ以上クレアに話しかけることはなかった。
 けれど、クレアはレスリーとのこの短い会話を心の中ではとても嬉しく思っていた。
 自分が話しかけても嫌な顔をせずに答えてくれたから。
 クレアは本当は話すことが好きだ。
 しかし、王宮では皆、クレアに話しかけられると面倒そうに、嫌そうに短く返事をするだけだった。
 返事をくれないことさえあった。

(レスリー様は、とてもお優しい方なんだわ。また、少しだったら話しかけてもいいかな?)

 あまりしつこく話しかけると、ハズレ姫の自分に話しかけられることだけでも嫌だろうに、もっと嫌われてしまうかもしれない。
 1日1回。いや、3日に1回でもいいからレスリーが自分と話してくれますようにと、クレアはこっそり願った。


 公爵邸に着くと、レスリーはクレアに屋敷にいる人達を紹介した。

「彼は僕の補佐をしている執事長のロイ。それと、彼女はクレア様付きの侍女となるアンナです。分からないことがあれば、彼らに何でも聞いてください」
「クレアと申します。これから、どうぞよろしくお願いいたします」

 クレアは彼らに深々と礼をして、礼儀作法の時に習った挨拶をした。
 今まで自己紹介なんて数えるほどしかしたことがなかったクレアは、上手にできたか不安だった。
 間違えてなかったかなと、2人の反応を見るとどこか戸惑ったような様子だった。
 やっぱり、自分はハズレ姫だから挨拶も上手くできないんだと、クレアは落胆した。

『失敗した時は、どうするんでしたっけ?』

 クレアの頭に、何度も言われたその言葉が響いてきた。
 クレアは体が震えそうになるのを抑えながら、手袋に手をかけた。

「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。ですが、私どもにはどうぞ気軽にお話し下さい。クレア様はこの屋敷の奥様なのですから。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「馬車での移動でお疲れでしょう。お部屋にご案内いたします。ゆっくりとお休み下さい」

 次は叱られるのだろうと覚悟していたクレアだったが、2人から返ってきたのはそんなクレアを気遣う言葉だった。
 クレアは手袋にかけていた手を戻した。

「ありがとう。2人ともよろしくね」

 クレアは2人の気遣いが嬉しくて、心からの感謝を伝えた。
 いつも王宮ではお礼を伝えても、反応してもらえることはなかった。
 けれど2人はクレアの言葉をしっかり受け取ってくれて、にっこりと笑顔で返してくれた。


「では、こちらでお寛ぎ下さい。お夕食の時間になりましたら、また呼びに参ります」

 クレアが案内されたのは、プレスコット公爵邸の奥様のために用意された部屋だった。
 本来だったら失踪した第8王女が過ごす予定だった場所なのだろう。
 クレアは自分なんかにはもったいないと思ったけれど、そのまま使わせてもらえるようだった。

「案内してくれてありがとう。ねえ、アンナ。1つだけ聞いてもいい?」
「はい。何でもお聞きください」

 先程、レスリーがアンナ達には何でも聞いていいと言っていたからと、アンナに尋ねてみるともちろんですと頷いた。
 クレアは王家を出る前に、結婚について一通りのことは教えられていた。
 その中で、結婚式が終わって公爵邸に着いた後の流れで1つだけよく分からないことがあった。

「“初夜”っていうのをこの後の夜にするらしいのだけれど、それってお夕食の前?それとも後?私は何をすれば良いの?」
「……」
「アンナ?」

 クレアの質問を聞いたアンナは笑顔のまま固まってしまった。
 何でも聞いて良いと言われたからといって、聞いてはいけないようなことを聞いてしまったのだろうかとクレアは不安になった。

「……すみません。恐らくお夕食の後のものだと思いますが、私もあまり詳しくありませんので旦那様に確認いたしますね」
「面倒なことを聞いてしまってごめんなさい。どうしても知りたいわけじゃなくて、ちょっと気になっただけだから。そこまでしてもらわなくても……」
「いいえ、面倒だなんてとんでもありません。私は奥様付きの侍女ですから、奥様をお手伝いすることが仕事です。奥様が我慢されて私の仕事がなくなってしまったら、私は仕事を辞めなければならなくなってしまうかもしれません」
「それはいけないわ」
「はい。ですから、奥様は遠慮なさらずに私に何でもお聞きください」
「うん。分かったわ」

 とにかく、質問したことは駄目なことではなかったようで、クレアはホッとした。
 侍女の仕事が増えるようなことを言ってしまうのは怒られることだと思っていたが、王宮と公爵邸では違うようだ。
 自分は頭が悪くて無知だからしっかり覚えておかないとと、クレアは心に留めた。

 アンナはクレアの返事に、また優しい笑顔を向けてくれた。
 今までこんな風に言ってもらえることはなかったからだろうか。
 胸がくすぐられるような不思議な感覚がした。

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