3 / 10
3
しおりを挟む誓いのキスは果たされなかった結婚式ではあったが、クレアは予定通りプレスコット公爵家へと嫁ぐことになった。
結婚式の後、クレアはそのままプレスコット公爵邸へと移り住むことになっていた。
屋敷までの馬車の中、クレアとレスリーは隣に並んで座った。
少し疲れた様子のレスリーに話しかけてもいいものだろうかとも思ったが、これだけはどうしても聞きたかった。
「レスリー様。ほっぺたの怪我は大丈夫ですか?とても痛そうでした」
クレアの隣で気まずそうにしていたレスリーだったが、声かけに反応してクレアの方を向いてくれた。
そしてまた、あの優しそうな笑顔で答えてくれた。
「心配していただいてありがとうございます。実は僕、簡単な治癒魔法なら使うことができるんです。だから、ほら。もう何ともないでしょう?」
レスリーはそう言って、トレイが当たった方の頬をクレアに見えるように寄せてくれた。
ふわっといい匂いがする。
そんなことに少し気を取られつつも、レスリーの頬を確認すると傷も腫れもなかった。
「そうだったんですね。もう痛くないのなら、良かったです」
クレアはそう返すと、近くなった距離から少しだけ離れるように馬車の端に寄った。
自分は香水なんて持っていないし、今日はお風呂には入っているけれど彼みたいにいい匂いなんてしないだろうからと、クレアは近づいているのが恥ずかしくなった。
今まではそんなことが気になったことなど一度もない。
しかし、何故だかその時のクレアはそんな風に思って、彼から身を引いた。
「……」
レスリーも元の位置に座り直すと、それ以上クレアに話しかけることはなかった。
けれど、クレアはレスリーとのこの短い会話を心の中ではとても嬉しく思っていた。
自分が話しかけても嫌な顔をせずに答えてくれたから。
クレアは本当は話すことが好きだ。
しかし、王宮では皆、クレアに話しかけられると面倒そうに、嫌そうに短く返事をするだけだった。
返事をくれないことさえあった。
(レスリー様は、とてもお優しい方なんだわ。また、少しだったら話しかけてもいいかな?)
あまりしつこく話しかけると、ハズレ姫の自分に話しかけられることだけでも嫌だろうに、もっと嫌われてしまうかもしれない。
1日1回。いや、3日に1回でもいいからレスリーが自分と話してくれますようにと、クレアはこっそり願った。
公爵邸に着くと、レスリーはクレアに屋敷にいる人達を紹介した。
「彼は僕の補佐をしている執事長のロイ。それと、彼女はクレア様付きの侍女となるアンナです。分からないことがあれば、彼らに何でも聞いてください」
「クレアと申します。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
クレアは彼らに深々と礼をして、礼儀作法の時に習った挨拶をした。
今まで自己紹介なんて数えるほどしかしたことがなかったクレアは、上手にできたか不安だった。
間違えてなかったかなと、2人の反応を見るとどこか戸惑ったような様子だった。
やっぱり、自分はハズレ姫だから挨拶も上手くできないんだと、クレアは落胆した。
『失敗した時は、どうするんでしたっけ?』
クレアの頭に、何度も言われたその言葉が響いてきた。
クレアは体が震えそうになるのを抑えながら、手袋に手をかけた。
「ご丁寧なご挨拶、ありがとうございます。ですが、私どもにはどうぞ気軽にお話し下さい。クレア様はこの屋敷の奥様なのですから。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「馬車での移動でお疲れでしょう。お部屋にご案内いたします。ゆっくりとお休み下さい」
次は叱られるのだろうと覚悟していたクレアだったが、2人から返ってきたのはそんなクレアを気遣う言葉だった。
クレアは手袋にかけていた手を戻した。
「ありがとう。2人ともよろしくね」
クレアは2人の気遣いが嬉しくて、心からの感謝を伝えた。
いつも王宮ではお礼を伝えても、反応してもらえることはなかった。
けれど2人はクレアの言葉をしっかり受け取ってくれて、にっこりと笑顔で返してくれた。
「では、こちらでお寛ぎ下さい。お夕食の時間になりましたら、また呼びに参ります」
クレアが案内されたのは、プレスコット公爵邸の奥様のために用意された部屋だった。
本来だったら失踪した第8王女が過ごす予定だった場所なのだろう。
クレアは自分なんかにはもったいないと思ったけれど、そのまま使わせてもらえるようだった。
「案内してくれてありがとう。ねえ、アンナ。1つだけ聞いてもいい?」
「はい。何でもお聞きください」
先程、レスリーがアンナ達には何でも聞いていいと言っていたからと、アンナに尋ねてみるともちろんですと頷いた。
クレアは王家を出る前に、結婚について一通りのことは教えられていた。
その中で、結婚式が終わって公爵邸に着いた後の流れで1つだけよく分からないことがあった。
「“初夜”っていうのをこの後の夜にするらしいのだけれど、それってお夕食の前?それとも後?私は何をすれば良いの?」
「……」
「アンナ?」
クレアの質問を聞いたアンナは笑顔のまま固まってしまった。
何でも聞いて良いと言われたからといって、聞いてはいけないようなことを聞いてしまったのだろうかとクレアは不安になった。
「……すみません。恐らくお夕食の後のものだと思いますが、私もあまり詳しくありませんので旦那様に確認いたしますね」
「面倒なことを聞いてしまってごめんなさい。どうしても知りたいわけじゃなくて、ちょっと気になっただけだから。そこまでしてもらわなくても……」
「いいえ、面倒だなんてとんでもありません。私は奥様付きの侍女ですから、奥様をお手伝いすることが仕事です。奥様が我慢されて私の仕事がなくなってしまったら、私は仕事を辞めなければならなくなってしまうかもしれません」
「それはいけないわ」
「はい。ですから、奥様は遠慮なさらずに私に何でもお聞きください」
「うん。分かったわ」
とにかく、質問したことは駄目なことではなかったようで、クレアはホッとした。
侍女の仕事が増えるようなことを言ってしまうのは怒られることだと思っていたが、王宮と公爵邸では違うようだ。
自分は頭が悪くて無知だからしっかり覚えておかないとと、クレアは心に留めた。
アンナはクレアの返事に、また優しい笑顔を向けてくれた。
今までこんな風に言ってもらえることはなかったからだろうか。
胸がくすぐられるような不思議な感覚がした。
6
あなたにおすすめの小説
サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします
二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位!
※この物語はフィクションです
流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。
当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。
妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付
唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
不機嫌な侯爵様に、その献身は届かない
翠月 瑠々奈
恋愛
サルコベリア侯爵夫人は、夫の言動に違和感を覚え始める。
始めは夜会での振る舞いからだった。
それがさらに明らかになっていく。
機嫌が悪ければ、それを周りに隠さず察して動いてもらおうとし、愚痴を言ったら同調してもらおうとするのは、まるで子どものよう。
おまけに自分より格下だと思えば強気に出る。
そんな夫から、とある仕事を押し付けられたところ──?
【完結】ジュリアはバツイチ人生を謳歌する
ariya
恋愛
エレン王国の名門貴族・アグリア伯爵家に嫁いだジュリア・アグリア(旧姓ベルティー)。
夫のアベル・アグリア伯爵は、騎士として王妃の護衛任務に没頭し、結婚翌日からほぼ別居状態。
社交界のパーティーでは妻のエスコートを代理人に任せ、父の葬儀にも顔を出さず、事務的な会話と手紙のやり取りだけの日々が続く。
ジュリアは8年間の冷遇に耐え抜いたが、ある朝の食事中、静かに切り出す。
「私たち、離婚しましょう」
アベルは絶句するが、ジュリアは淡々と不満を告げる。
どれも自分のしでかしたことにアベルは頭を抱える。
彼女はすでに離婚届と慰謝料の用意を済ませ、夫の仕事に理解を示さなかった「有責妻」として後腐れなく別れるつもりだった。
アベルは内心で反発しつつも、ジュリアの決意の固さに渋々サイン。
こうしてジュリア・アグリアは、伯爵夫人としての全てを置き去りにし、バツイチ人生を開始する。
悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました
ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。
壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる