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4章
13 久遠
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夜明けが近いのか空が薄紫色に色を変えだしたころ、1ウユーほど山道を進んだ先の小川の辺で俺たちはようやく腰を下ろした。
アルゼの靴を脱がしどこも傷んでないか確認していたら、千早が腰に下げていた小さな袋から何かを取り出し俺に差し出してきた。
「これを族長が…?」
真新しいその通行手形は銅製で、緑銅色に変色する前の赤褐色に輝いていて、新たに作られたのだと言うことが一目でわかった。
通行手形とは身分を証明するものだ。
一生リウアンの村から出ることがない者も、誕生と同時に族長より送られるものだが、俺はついぞもらったことはなかった。
それはリウアン族ではないという意味で、そのことを悔しいとか理不尽だと考えたこともなかったが--------
手のひらに収まる大きさの通行手形は薄く、楕円形をしており細かい文字が彫り込まれていた。
ーーーーーーーーーーーーーー
黒毛
身丈2ムタレ
リウアン族長の甥
【久遠】
ーーーーーーーーーーーーーー
「久遠…」
久しく忘れていた己の名をそこに見つけ指の腹で触ってみると、冷たいはずの銅板がほんのり温かく感じた。
「くおん?」
隣から覗き込むように銅板を見ていたアルゼが見上げながら俺の名を呼んだ。
ただそれだけなのに尻尾の先まで電流が走ったかのようにビリビリとしびれた。
「あぁ…。俺の名前だ」
しみじみと噛みしめるように
「久遠の意味は『永遠の時間』といって父さんと母さんがつけてくれたんだ」
己の名を初めてアルゼに告げた。
両親が亡くなってからはアルゼとしか呼ばれることがなかった。
誰もが忘れてしまっていた俺の名前を族長が…。
通行手形を族長がくれた。
それはすなわち、ここではないどこかへ逃げろということだ。
ここから出てどこか遠くへ行った時の身分証明にもなる通行手形は旅するものの必需品だ。
ゴソゴソと千早が取り出したもう1つの通行手形をアルゼに渡す。
「こえ、あるぜの?」
「そうだ」
俺のと同じく真新しく赤銅色に輝く通行手形に書いてあったのは。
ーーーーーーーーーーーーーー
白毛
身丈1ムタレ40ソンツ
リウアン族長の甥の番
【 】
ーーーーーーーーーーーーーー
「なまえ、ない!あるぜってかいてないよ?」
通行手形を俺と千早に見えるようにかざし、己の名前が書いてないと頬を膨らませて怒るアルゼに俺は何も言えなかった。
それはそうだろう、アルゼだなんて名前じゃない。族長はそれを書いていいのか悩み、そして空白としたのだ。
千早が責めるような目で俺を見る。
「ぞくちょ、かくのわすれた?」
族長も村人もこの可愛らしい、真っ白な何かわからぬ獣人をアルゼではなくルセと呼んでいた。
だからここにはルセと書いてあってもおかしくないのに。
「久遠が書いてやれってさ」
皮袋に新しい水を汲みながら千早が言った言葉に困惑する。
「アルゼじゃない。ルセでもないこいつにピッタリの名前をつけてやればいいんだよ」
初めて会った時、つけるつもりもなくけれどそう呼んでしまったアルゼという名前。
俺はずっと後悔していた。
こんなにも美しくて可愛らしくて何より大事な存在に、呪われた俺と同じ呼び名をつけてしまったことを。
アルゼの靴を脱がしどこも傷んでないか確認していたら、千早が腰に下げていた小さな袋から何かを取り出し俺に差し出してきた。
「これを族長が…?」
真新しいその通行手形は銅製で、緑銅色に変色する前の赤褐色に輝いていて、新たに作られたのだと言うことが一目でわかった。
通行手形とは身分を証明するものだ。
一生リウアンの村から出ることがない者も、誕生と同時に族長より送られるものだが、俺はついぞもらったことはなかった。
それはリウアン族ではないという意味で、そのことを悔しいとか理不尽だと考えたこともなかったが--------
手のひらに収まる大きさの通行手形は薄く、楕円形をしており細かい文字が彫り込まれていた。
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黒毛
身丈2ムタレ
リウアン族長の甥
【久遠】
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「久遠…」
久しく忘れていた己の名をそこに見つけ指の腹で触ってみると、冷たいはずの銅板がほんのり温かく感じた。
「くおん?」
隣から覗き込むように銅板を見ていたアルゼが見上げながら俺の名を呼んだ。
ただそれだけなのに尻尾の先まで電流が走ったかのようにビリビリとしびれた。
「あぁ…。俺の名前だ」
しみじみと噛みしめるように
「久遠の意味は『永遠の時間』といって父さんと母さんがつけてくれたんだ」
己の名を初めてアルゼに告げた。
両親が亡くなってからはアルゼとしか呼ばれることがなかった。
誰もが忘れてしまっていた俺の名前を族長が…。
通行手形を族長がくれた。
それはすなわち、ここではないどこかへ逃げろということだ。
ここから出てどこか遠くへ行った時の身分証明にもなる通行手形は旅するものの必需品だ。
ゴソゴソと千早が取り出したもう1つの通行手形をアルゼに渡す。
「こえ、あるぜの?」
「そうだ」
俺のと同じく真新しく赤銅色に輝く通行手形に書いてあったのは。
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白毛
身丈1ムタレ40ソンツ
リウアン族長の甥の番
【 】
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「なまえ、ない!あるぜってかいてないよ?」
通行手形を俺と千早に見えるようにかざし、己の名前が書いてないと頬を膨らませて怒るアルゼに俺は何も言えなかった。
それはそうだろう、アルゼだなんて名前じゃない。族長はそれを書いていいのか悩み、そして空白としたのだ。
千早が責めるような目で俺を見る。
「ぞくちょ、かくのわすれた?」
族長も村人もこの可愛らしい、真っ白な何かわからぬ獣人をアルゼではなくルセと呼んでいた。
だからここにはルセと書いてあってもおかしくないのに。
「久遠が書いてやれってさ」
皮袋に新しい水を汲みながら千早が言った言葉に困惑する。
「アルゼじゃない。ルセでもないこいつにピッタリの名前をつけてやればいいんだよ」
初めて会った時、つけるつもりもなくけれどそう呼んでしまったアルゼという名前。
俺はずっと後悔していた。
こんなにも美しくて可愛らしくて何より大事な存在に、呪われた俺と同じ呼び名をつけてしまったことを。
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