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第4章 棋士の立場
第79話 カラスが軍曹と対局したら(その1)
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「先手の水瀬先生はこちらの席に…」
HamabeTVのスタッフが声をかける。
「分かりました」
席に座った水瀬石也九段は、あちこちを見回して盤や照明などを再確認する。
「クロさんと鈴香ちゃんはこちらの席です」
「はーい」
「カアッ」
反対側の椅子に鈴香が座り、クロが盤の横に立った。
もはや5局目、後手番も3回目ともなれば随分となれたもの。
向かいに座った水瀬に「よろしくお願いします」と頭を下げる。
クロも翼を広げて「クワア」と鳴いた。
水瀬も「よろしくお願いします」と応じた。
途端に会場が静まり返る。
「じゃあ、全員準備は良いですかー」
「りょうかーい」
「OKー」
「いつでもどうぞー」
「よっし、それじゃあ、始めまーす」
七番勝負第5局目の撮影が始まった。
クロへの突撃対局の罰?として、第5局で読み上げ係を務めるのは宙奈々実女流三段だ。
鈴香が宙を見てニッコリと微笑むと、宙も笑顔を見せる。
しかし一瞬後に表情が引き締まった。
そしていつものセリフで対局が始まる。
「ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負の第5局を始めます。5局目は水瀬石也九段が先手です。どちらも持ち時間や考慮時間はありませんが、1分ごとに経過時間を読み上げます。それでは対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワア」
2人と一羽が、そろって頭を下げた。
気合の入り具合が違ったのか、水瀬が長めに頭を下げた後、ゆっくりと頭を上げた。
さらにひと呼吸おいて、飛車先の歩を指でつまむ。
ピシッ!
一段と駒音高く、歩を1つ前の升目に置いた。
「先手、水瀬石也九段、2六歩」
クロはしばらく待った後、盤の左横-1筋の側-に移動する。
そして一番近くにある歩を1つ前に進めた。
「…後手、角野クロさん、1四歩」
予想外な手であったことから、わずかに遅れて宙が読み上げた。
鈴香は内心でちょっと驚いたものの、顔には出さない。
もちろんクロも表情は変わらない。トコトコと歩いて鈴香の前に戻った。
水瀬は眼鏡を外して目頭を強めに摘まむと、眼鏡をかけ直す。何度見ても端の歩が付いてある。
「うーん」
腕組みして顔をしかめる。
ここ数週間、クロ対策で積み重ねてきた研究が崩壊した瞬間。
解説室には聞き手の加納梅子《かのう うめこ》女流四段と立会人兼解説役の久利保秋《くり やすあき》九段がいる。
「それでは久利先生、よろしくお願いします」
加納の言葉で解説が始まった。
久利も「よろしくお願いします」と頭を下げる。ただし表情は厳しい。
「しかし意外なクロさんの初手ですね」
「ええ、全く」
解説室の2人も驚きの表情を隠していない。
少し考えて久利が口を開く。
「もっとも、初手に端歩を突く手はあるんですよ」
「はい、そうですね。公式戦でもたくさんありますし」
加納が1筋と9筋の4枚の歩を順に1つ動かしていく。
「中央で戦いが起こると立ち遅れる危険性はあるんですけど」
「はい」
「と言って端を突いた手が無駄になることは少ないんですね」
「1筋と9筋の違いはありますか?」
「後手のクロさんが1筋の歩を突いていますから…」
久利が大盤の駒を動かす。
「振り飛車があるかもしれませんね」
「居飛車はなさそうですか?」
「いえ、無くも無いんですけど、玉側の端歩を突いたことで水瀬さんから逆用される可能性もちょっと…あるかなあ」
「なるほど」
加納が言葉を続ける。
「今回のクロさんは後手番ですが…」
「ええ、ですので、実質2手分遅れるんですけど、うーん」
久利も難しい顔で解説を続ける。
「考えられるとすれば、水瀬先生の研究を外そうとしたとか…」
「そう言えば、研究熱心な水瀬先生には『軍曹』なんてニックネームもありますね」
「ええ、でも、この前、中尉か大尉になったそうですよ」
「ははあ、そうなんですね」
「いずれにしても研究熱心なところは変わっていません」
2人の視線が盤上に戻った。
HamabeTVのスタッフが声をかける。
「分かりました」
席に座った水瀬石也九段は、あちこちを見回して盤や照明などを再確認する。
「クロさんと鈴香ちゃんはこちらの席です」
「はーい」
「カアッ」
反対側の椅子に鈴香が座り、クロが盤の横に立った。
もはや5局目、後手番も3回目ともなれば随分となれたもの。
向かいに座った水瀬に「よろしくお願いします」と頭を下げる。
クロも翼を広げて「クワア」と鳴いた。
水瀬も「よろしくお願いします」と応じた。
途端に会場が静まり返る。
「じゃあ、全員準備は良いですかー」
「りょうかーい」
「OKー」
「いつでもどうぞー」
「よっし、それじゃあ、始めまーす」
七番勝負第5局目の撮影が始まった。
クロへの突撃対局の罰?として、第5局で読み上げ係を務めるのは宙奈々実女流三段だ。
鈴香が宙を見てニッコリと微笑むと、宙も笑顔を見せる。
しかし一瞬後に表情が引き締まった。
そしていつものセリフで対局が始まる。
「ぬばたまの闇より飛来せり漆黒の翼 クロ七番勝負の第5局を始めます。5局目は水瀬石也九段が先手です。どちらも持ち時間や考慮時間はありませんが、1分ごとに経過時間を読み上げます。それでは対局を始めてください」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「クワア」
2人と一羽が、そろって頭を下げた。
気合の入り具合が違ったのか、水瀬が長めに頭を下げた後、ゆっくりと頭を上げた。
さらにひと呼吸おいて、飛車先の歩を指でつまむ。
ピシッ!
一段と駒音高く、歩を1つ前の升目に置いた。
「先手、水瀬石也九段、2六歩」
クロはしばらく待った後、盤の左横-1筋の側-に移動する。
そして一番近くにある歩を1つ前に進めた。
「…後手、角野クロさん、1四歩」
予想外な手であったことから、わずかに遅れて宙が読み上げた。
鈴香は内心でちょっと驚いたものの、顔には出さない。
もちろんクロも表情は変わらない。トコトコと歩いて鈴香の前に戻った。
水瀬は眼鏡を外して目頭を強めに摘まむと、眼鏡をかけ直す。何度見ても端の歩が付いてある。
「うーん」
腕組みして顔をしかめる。
ここ数週間、クロ対策で積み重ねてきた研究が崩壊した瞬間。
解説室には聞き手の加納梅子《かのう うめこ》女流四段と立会人兼解説役の久利保秋《くり やすあき》九段がいる。
「それでは久利先生、よろしくお願いします」
加納の言葉で解説が始まった。
久利も「よろしくお願いします」と頭を下げる。ただし表情は厳しい。
「しかし意外なクロさんの初手ですね」
「ええ、全く」
解説室の2人も驚きの表情を隠していない。
少し考えて久利が口を開く。
「もっとも、初手に端歩を突く手はあるんですよ」
「はい、そうですね。公式戦でもたくさんありますし」
加納が1筋と9筋の4枚の歩を順に1つ動かしていく。
「中央で戦いが起こると立ち遅れる危険性はあるんですけど」
「はい」
「と言って端を突いた手が無駄になることは少ないんですね」
「1筋と9筋の違いはありますか?」
「後手のクロさんが1筋の歩を突いていますから…」
久利が大盤の駒を動かす。
「振り飛車があるかもしれませんね」
「居飛車はなさそうですか?」
「いえ、無くも無いんですけど、玉側の端歩を突いたことで水瀬さんから逆用される可能性もちょっと…あるかなあ」
「なるほど」
加納が言葉を続ける。
「今回のクロさんは後手番ですが…」
「ええ、ですので、実質2手分遅れるんですけど、うーん」
久利も難しい顔で解説を続ける。
「考えられるとすれば、水瀬先生の研究を外そうとしたとか…」
「そう言えば、研究熱心な水瀬先生には『軍曹』なんてニックネームもありますね」
「ええ、でも、この前、中尉か大尉になったそうですよ」
「ははあ、そうなんですね」
「いずれにしても研究熱心なところは変わっていません」
2人の視線が盤上に戻った。
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