83 / 113
第4章 棋士の立場
第82話 カラスが軍曹と対局したら(その4)
しおりを挟む
「終盤に入っても形勢が動きませんね」
聞き手の加納梅子《かのう うめこ》女流四段が話しを振る。
解説役の久利保秋《くり やすあき》九段もうなずいた。
「まさに『一手指す方が良く見える』将棋ですね」
パチリ
水瀬石也《みなせ せきや》九段が、クロ陣に桂馬を成り込んだ。
「私の目には攻めている水瀬先生が良くみえるんですが…」
「いえ、それも間違っていません」
久利がクロ陣の王将に触れる。
「ただクロさんの陣形もまだまだ固いですし、持ち駒が豊富ですからね」
「一手空けば反撃が厳しいと」
「はい」
カタッ
クロがクチバシで駒を動かした。
パチン
水瀬が少考して駒を動かす。
「水瀬先生からすれば攻防の手、つまり攻めつつ守りに効きそうな手を見つけたいですね」
「はい」
「逆にクロさんは守りながら攻めの手掛かりを作りたいところです」
「そうした手がありますか?」
「例えば…」
久利はクロの持ち駒から角を取ると、4筋に打ち込んだ。
「こんな手がありそうです」
「ははあ」
加納が大盤を眺める。
「確かに守りに効かしつつ、水瀬先生の玉にも響いてそうですね。
「ええ」
カタン
久利の指摘通り、クロが持ち駒の角をくわえて盤上に置いた。
水瀬の顔に苦渋の色が浮かぶ。
「1分経過しました」
読み上げの宙奈々実女流三段が時間の経過を知らせると、水瀬が「はい」と小声で答える。
ピシッ
駒音高く竜を引いた。
「この手はどうでしょうか?」
「攻めを続けるか、自陣を守るか難しいところです」
加納に聞かれた解説の久利が大盤の竜を動かしつつ答える。
「竜を引いたと言うことは守りですか?」
「いえ、そうでもないですよ」
久利は大盤の駒を動かして行く。
竜を引いたものの、成桂を活かした攻め筋は残っている。
「竜を引いた手で水瀬先生の玉も安全度が増しましたしね」
「するとまだまだ難しいと」
「ええ」
コトン
ピシリ
カタッ
パチッ
その後も一進一退の攻防が続く中で、クロが水瀬陣に侵入した馬をひとつ動かした。
間接的ながらも水瀬の玉将に迫る手だ。
「うーん」
馬が寄った手を見た水瀬は考え込む。
「1分経過しました」
「はい」
宙の読み上げに応えて、水瀬が玉を動かす。
途端に将棋ソフトの形勢判断がクロの方に大きく動いた。
「えっ!」
「あれっ!」
久利と加納もモニターを見つめる。
かろうじて久利が「これは…」と言葉をひねり出す。
「水瀬先生、悪手ですか?」
「格言に『玉の早逃げ八手の得』なんて言いますけど、この手は…」
久利が渋い顔をした。
これで日本将棋協会側の棋士が負ければ、引き分けを挟んで5連敗となる。
しかも今回の相手はレーティング2位の水瀬石也《みなせ せきや》九段だ。
「はあーっ」
モニターに映った水瀬は大きくため息をついて頭を抱えている。
さらに髪をグシャグシャにしながら天井を仰いだ。
ゴン!
水瀬はこぶしで自分の頭を叩く。
鈴香がビックリしたような顔で水瀬を見る。
表情こそ変わらないが、クロも水瀬のすることを見つめた。
ゴン!
ゴン!
さらに2回頭を叩いたところで、座っていた椅子の手すりにもたれ掛かった。
コトリ
クロが駒を動かす。
「これは厳しいですね」
「はっきりとクロさんが優勢ですか?」
「ええ、本当にあの一手が…」
将棋ソフトの評価値はクロに80、水瀬に20まで傾いていた。
パチリ
カタン
パチッ
コトリ
水瀬が力なく駒を動かす。
それにクロが応じたところで、水瀬は駒台に手を伸ばした。
「負けました」
「ありがとうございました」
「クワア」
水瀬が投了。
それに応じて鈴香とクロも頭を下げた。
聞き手の加納梅子《かのう うめこ》女流四段が話しを振る。
解説役の久利保秋《くり やすあき》九段もうなずいた。
「まさに『一手指す方が良く見える』将棋ですね」
パチリ
水瀬石也《みなせ せきや》九段が、クロ陣に桂馬を成り込んだ。
「私の目には攻めている水瀬先生が良くみえるんですが…」
「いえ、それも間違っていません」
久利がクロ陣の王将に触れる。
「ただクロさんの陣形もまだまだ固いですし、持ち駒が豊富ですからね」
「一手空けば反撃が厳しいと」
「はい」
カタッ
クロがクチバシで駒を動かした。
パチン
水瀬が少考して駒を動かす。
「水瀬先生からすれば攻防の手、つまり攻めつつ守りに効きそうな手を見つけたいですね」
「はい」
「逆にクロさんは守りながら攻めの手掛かりを作りたいところです」
「そうした手がありますか?」
「例えば…」
久利はクロの持ち駒から角を取ると、4筋に打ち込んだ。
「こんな手がありそうです」
「ははあ」
加納が大盤を眺める。
「確かに守りに効かしつつ、水瀬先生の玉にも響いてそうですね。
「ええ」
カタン
久利の指摘通り、クロが持ち駒の角をくわえて盤上に置いた。
水瀬の顔に苦渋の色が浮かぶ。
「1分経過しました」
読み上げの宙奈々実女流三段が時間の経過を知らせると、水瀬が「はい」と小声で答える。
ピシッ
駒音高く竜を引いた。
「この手はどうでしょうか?」
「攻めを続けるか、自陣を守るか難しいところです」
加納に聞かれた解説の久利が大盤の竜を動かしつつ答える。
「竜を引いたと言うことは守りですか?」
「いえ、そうでもないですよ」
久利は大盤の駒を動かして行く。
竜を引いたものの、成桂を活かした攻め筋は残っている。
「竜を引いた手で水瀬先生の玉も安全度が増しましたしね」
「するとまだまだ難しいと」
「ええ」
コトン
ピシリ
カタッ
パチッ
その後も一進一退の攻防が続く中で、クロが水瀬陣に侵入した馬をひとつ動かした。
間接的ながらも水瀬の玉将に迫る手だ。
「うーん」
馬が寄った手を見た水瀬は考え込む。
「1分経過しました」
「はい」
宙の読み上げに応えて、水瀬が玉を動かす。
途端に将棋ソフトの形勢判断がクロの方に大きく動いた。
「えっ!」
「あれっ!」
久利と加納もモニターを見つめる。
かろうじて久利が「これは…」と言葉をひねり出す。
「水瀬先生、悪手ですか?」
「格言に『玉の早逃げ八手の得』なんて言いますけど、この手は…」
久利が渋い顔をした。
これで日本将棋協会側の棋士が負ければ、引き分けを挟んで5連敗となる。
しかも今回の相手はレーティング2位の水瀬石也《みなせ せきや》九段だ。
「はあーっ」
モニターに映った水瀬は大きくため息をついて頭を抱えている。
さらに髪をグシャグシャにしながら天井を仰いだ。
ゴン!
水瀬はこぶしで自分の頭を叩く。
鈴香がビックリしたような顔で水瀬を見る。
表情こそ変わらないが、クロも水瀬のすることを見つめた。
ゴン!
ゴン!
さらに2回頭を叩いたところで、座っていた椅子の手すりにもたれ掛かった。
コトリ
クロが駒を動かす。
「これは厳しいですね」
「はっきりとクロさんが優勢ですか?」
「ええ、本当にあの一手が…」
将棋ソフトの評価値はクロに80、水瀬に20まで傾いていた。
パチリ
カタン
パチッ
コトリ
水瀬が力なく駒を動かす。
それにクロが応じたところで、水瀬は駒台に手を伸ばした。
「負けました」
「ありがとうございました」
「クワア」
水瀬が投了。
それに応じて鈴香とクロも頭を下げた。
0
あなたにおすすめの小説
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる